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「はーい」
そんなに心配しなくても。と、内心で思っていたのは、コウジも同じだったらしい。下校途中、その話になって、俺はふと、先生がじゃんけんおじさんについて言っていたのを思いだした。
「なあ、コウジ。じゃんけんおじさんに負けたら大鎌で殺されるって話さ、……マジ?」
だったら、猫殺したのも、じゃんけんおじさんなんじゃないか? 考えていると、コウジが前を指さし、「あっ」と、短く叫んだ。
指先をたどる。うわさをすれば、とはこのことだ。路地のむこうから、じゃんけんおじさんがニコニコと、スキップで現れたのだ。
どうしよう、今日は負けるかもしれない。ふたつにひとつの可能性にゾッとする。おじさんはまっすぐに俺たちを見て、手に提げたビニール袋を揺らし、独特のリズムを刻む。
たたん、ととん、たたん、ととんっ
そのときだった。
シャーっと、軽やかな音をたてて、自転車が俺たちを追い越していく。制服でわかる。うちの中学の生徒だ。じゃんけんおじさんを知らないのか、平然と近づいていく。俺たちは自然にその場に足をとめ、立ちすくんだ。
おじさんはくるりと自転車に笑顔をむけ、腕をふりあげた。その手はすでに、チョキのかたちをしている。
「じゃーんけーん……」
「うわぁああっ?」
目の前に突きだされた腕を避けようとして、自転車が横転する。
「ぽんっ」
地面に転げた男子生徒の頭上に、チョキがひらめいた。じゃんけんの相手をしたつもりはきっとなかっただろうけど、地面についた生徒の両手はパーのかたちに開いている。
──負けた。
やばい、あいつ、死んだ。
俺は慄然として、成り行きを見守った。
「な、何するんですか! 危ないじゃな」
立ちあがりざまに文句を言う男子生徒に、じゃんけんおじさんはゆらゆらと頭をふりながら、ニタニタとくちびるの端をつりあげた。
「ザンネンでしたァ!」
甲高い大声で告げると同時に、おじさんは蚊でもつぶすみたいに、両手でバシーンっと生徒の横っ面を挟みうちした。
「……ってぇ」
生徒が両頬を覆って、へなへなとしゃがみこむ。俺は、その光景を、ぽかんと口を開けてみていた。
──なんだ、ひったたかれるだけかよぉ。
崩れ落ちたいのは、俺のほうだった。心配して損した。ほっとしたのもつかの間だった。
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