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じゃんけんおじさんの笑顔の首だけが、ぐりんっと、こちらをむいた。完全に俺たちがロックオンされている。
「やっべ……、逃げ損ねてた!」
口に出してつぶやくうちに、じゃんけんおじさんは、たたん、ととんとスキップを再開し、見る間に距離をつめていた。
「悪い、先頼むわ」
ぽんっと肩を叩かれる。コウジは勝手にそう言って、俺の背後に一歩さがった。
「え、ちょ、待てよ!」
あわててひきとめ、向きなおると、じゃんけんおじさんはすでに俺のすぐ目の前にせまっていた。おどろいて、うしろによろめく。転びかけの視界、ふりあげたおじさんのこぶしが目に入った。
──あれって、……もしかして、グー?
「じゃーんけーん、ぽんっ」
おじさんのかけ声にパーを出しながら、道路にべたんっと尻餅をつく。一瞬の、沈黙。
「オメデトウゴザイマース!」
ぎっ、と不自然に笑いながら、じゃんけんおじさんは菓子をさしだす。のりしおポテチ。
「あ、ありがとう、ございます」
礼を言ってうけとると、じゃんけんおじさんはスキップでコウジの脇をすりぬけて、どこかへ去っていった。
おじさんを見送ってから、コウジはニヤニヤしながら近づいてきた。
「な? 怖くないだろ? 負けても、大して痛くないんだぜ、あれ」
……そうは見えなかったけど。
ふりかえると、でも、たしかにさっき叩かれた男子生徒はもういなくなっていた。多少はいたいが、怪我をするほどではないようだ。
「ま、いっかぁ。のりしお、好きなんだ」
ポテトチップス一袋は、下手するとペットボトルや総菜パンより値が張る。腹にも溜まらないし、自分ではなかなか買えない。これがもらえるなら、じゃんけんの相手をしてやるのも悪くない。
「必勝法も、たぶんわかったし」
「えっ? ほんとうに? 教えてくれよな」
コウジがびっくりした顔になる。じゃんけんおじさんの出す手なんか、あんなにあからさまなのに、どうして気がつかないかなぁ。後出しで良いなら、楽勝じゃん。
これからは毎日、おこづかい気にせず菓子が食える! 俺は得意になった。勢いよく立ちあがる。
そうして、手にした袋をべりっと開けると、わざとコウジに見せびらかすように、音を立ててポテトチップスにかじりついた。
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