第3章

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そうしてまだ正月気分の抜けない、一月四日。葛見の車に乗って、三人は温泉にやってきた。 秋月達の住む城下町からは、車で十五分ほどの美しい渓谷。それを囲んで林立する大きなホテルに埋もれるように、『桐乃湯』はあった。 こんもりと雪の帽子を被っている綺麗に枝つりされた庭木。その間を抜けていけばこじんまりとした旅館が現れる。国の文化財にも登録されているという古風な木造建築。 いい具合にくすんだ玄関の引き戸を開けて一歩中に入れば、太い梁の渡された高い天井が時代を感じさせる。ロビーに置かれたアンティークな家具。年末からの滞在客がその間で思い思いに寛いでいる。 老舗で名が通っているこの旅館は、宿泊はかなりいい値段だ。その代わり温泉も料理も一流で。時節柄客は家族連れが多いが、値段が値段だけに客層の年齢は高目だ。その中で、若い男性、それも容姿の整った三人連れはかなり人目を引いた。宿泊客だけでなく従業員からも、ちらちらと興味の篭った視線が投げられる。 部屋に案内される前に、三人はロビーでお茶を出された。 「いい色の焼き物ですね」 それ自体も価値のありそうな大きな茶箪笥には、年代物の漆器や陶器が並べられている。物珍しそうに眺めていた夏目が声を上げた。 「こんなの店で使ったらいいだろうなぁ」 覗き込んだのは薄藍の釉がかかった小皿。渋い茶色と薄い紺で、麦の穂が繊細な筆致で描かれている。 「それはもう美術品だけど、同じ窯元は近くにあるぞ」 二十近くの小さい窯元が集まっている町の名前を秋月が上げた。 「登り窯もやっているって話だ。今度行ってみるか」 はい、と夏目が嬉しそうに笑う。 「魚用の四角いお皿が、もう少しあったらなあって思うんですよ」 「四角でなくとも変形皿でもいいな」 「手びねり風のものでもいいですよね」 「……もっと色っぽい話はないのか?」 陶器を前に話が弾む二人に、お茶をずずっと啜りながら葛見がぼやく。 「正月だって言うのに、いい若いもんが集まって皿の話でもないだろうが」 「あ、ええと、隣の絵蝋燭屋の奥さんが二人目をご懐妊だそうです。長男が生まれたのが秋だから、年子になりそうだって」 「それはメデタイだけで、別に色っぽくない」 憮然とした声で葛見。 「店によく来るOLとどっかへ遊びに行ったとかさ、なんかないのか?」 「公私混同はしない」 あっさりと秋月。
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