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「飛田くん、ガム!」
「あ、いけね」
飛田は慌てて口の中のガムを銀紙に包んでポケットに入れた。
ふー、間一髪だった。
なんで、こんなことで私が心臓をドキドキさせなければならないのか。
色々間違っている。
得意先に挨拶に来たのにガムを噛んでいるなんて、まずありえない。
受付嬢に見られる前だったから事なきを得たが、もしも見られていたら我が社の評判はガタ落ちだ。
しかも、注意した上司に『すみません』じゃなく、『いけね』とは何だ!
険しい顔の私にヘラッと笑いかけた部下の顔を見たら、チラッと殺意が芽生えた。
飛田 徳礼(とんだ のりとも)、22歳。
今年、大学を卒業したばかりの新入社員は15人いるが、早速ニックネームがついたのは彼だけだ。
【トンデモくん】。
名付け親は総務課のお局様である磯崎さんだ。
彼女が教える新入社員マナー研修で連日居眠りしまくったのは、当然のことながら飛田だけだ。
磯崎さんが鬼の形相で怒鳴りつけたのに、いつものヘラッとした笑みでかわしたという飛田は、ある意味大物かもしれない。
「ほう! 飛田くんは柔道部だったのか!」
自分も黒帯だと言う得意先の常務と柔道談義で盛り上がる飛田は、常識に欠けるものの人見知りしない性格は営業向きと言えるだろう。
私はやっと飛田の長所を見つけられて、少し嬉しくなった。
「牛窪係長は学生時代、何部でしたか? あ、待って! 当ててみせますから」
……合コンじゃないんだから、そういうノリはやめろ。
バカらしいから、さっさと自分から言おうとしたのに、先方の黒岩常務が口を開いた。
「空手部か剣道部だな。キリッとしてて、バシッと叩きのめすところなんか」
「えー、そうですか? 新体操かシンクロじゃないですか? キレがあるけど女らしくて。レオタード似合いそうですよね」
どんだけマイナーな部活だ!?
スーツの下の私のボディーラインを想像しているような部下の視線に顔が熱を持つ。
「残念でした。調理部です」
「係長、料理が得意なんですね。嬉しいです」
挨拶回りを終えて帰社する車の中で、運転席の飛田がうんうん頷いている。
「”嬉しい”って何? 私も飛田くんが柔道部なんて意外だったよ。軽音部とか帰宅部かと思った」
飛田の上司や先輩に対する態度は、とても体育会系とは思えない。
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