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正志と別れて1か月が経った頃。
仕事を終えて会社を出ると、正志が待ち伏せしていた。
「加絵。まだ怒ってるのか? いい加減に機嫌を直せよ」
まるで、私がささいなことで拗ねているみたいな言い方に腹が立つ。
「報酬払ってまで、あんたに抱かれたいとは思わないから、私に付きまとっても無駄よ」
冷たく言い放って正志の脇を通り過ぎようとしたら、二の腕を掴まれた。
「なあ。ギブ&テイクだろ? 気持ち良くさせてやるから」
下卑た笑いにゾッとして手を振りほどこうとしたが、がっちり掴まれて振りほどけない。
「もう別れたんだから、放して!」
自分の声の大きさにビックリした。
ノー残業デーの水曜日とあって、ビジネス街は仕事帰りの人々で溢れている。
うちの社屋からも社員たちが掃き出されるように出てきて、私たちのやり取りを見ていく。
でも、誰も止めようとはせずに素通りしていくのは、恋人同士の痴話ゲンカに見えるからだろうか。
助けを求めたいけど、騒ぎになるのは恥ずかしい。
何とか正志を説得するしかない。そう思っていた時だった。
「係長! 大丈夫ですか!?」
飛田が血相を変えて駆け寄ってきた。
その姿を見た途端、ほっとすると同時に胸がきゅんとなった。
「助けて……」
思わず漏れた声は震えていた。それで初めて自分が酷く怖い思いをしていることに気付いた。
力では敵わない男に何をされるかわからない恐怖。
「汚い手を離せ!」
怒鳴った飛田が正志の腕を掴んだと思ったら、次の瞬間には正志は地面に倒れていた。
柔道の投げ技?
「二度と彼女に近づくな! もし近づいたら、今、僕に殺されなかったことを後悔させてやる」
物騒な脅し文句も、飛田の凄みのある顔を見れば冗談じゃないとわかる。
整った顔立ちなだけに、険しい表情は迫力があった。
私は正志があたふたと逃げていくのを、ただ呆気にとられて見ていた。
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