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コップを空にすると、理央は紫音に向き直り口を開いた。
「で、昨日の話のことだけど、あの話、本気で言ってるわけじゃねぇだろ。じゃなきゃなんで、『そんなもの』持ち歩いてんだ。」
理央の視線は、紫音の服の右ポケットを捕らえている。
想像通り、だ。
紫音は、いつの間にか飛び出ていたハガキの端をもう1度ポケットに押し込んで口を噤む。
言葉が見つからない。
なにか、
なにか言葉を発せねばと思ってもどうしてもいいものを見つけ出せなくて。
理央はそれきり口を閉ざし、紫音を待っている。
昨日と同じように、静かな瞳で紫音を捕らえながら。
「本気だよ。」
やっと
やっと出てきた台詞はこれっぽっちの一言だった。
それでも、この一言を切り口に少しずつ紫音は言葉を紡ぐことが出来た。
「公務員を目指してる、本気だよ。世話になってるじいちゃん達の為にも、将来は安定した職についてなきゃならない。ベースは好きだけど趣味で細々と続けられれば充分なんだよ。」
理央の目に捕らわれながら、しっかりと見据えて本音と少しの嘘を吐き出す。
誤魔化せてるとは思ってない。
それでも、誤魔化された振りをしてくれと願いながら続ける。
「ハガキは、前にまだ迷ってた時にかばんに入れたのをそのまま忘れてただけだ。」
理央は何も言わない。
いつまで続くんだと、紫音が息苦しく感じ始めた頃、睨まれている様にすら感じるその視線は案外とあっさり外された。
「俺、昔のお前は結構好きだったよ。」
そのままさっき出てきた扉に向かって紫音の横を通り抜けていく。
「でも今のお前は見てるとなんか苛ついてくるな。」
その言葉が扉の向こうに消えた後も、紫音は後ろを振り返ることが出来なかった。
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