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葵音がキッチンの方に姿を消してしまうと、紫音もやっと動き出し2階に続く階段に足をかけた。
上がって左の突き当たり。
この家唯一の空き部屋をとりあえずは使っていいと言われていた。
ベッドとエアコン、小さな折りたたみ式テーブル。
それ以外には物がない殺風景な部屋。
こもった空気の鬱陶しさと対比的なフローリングの冷たさが足に伝わる。
蝉の声が遠くなる。
兄の疲れたような顔が浮かんだ。
電話の相手は紫音達の祖父だろう。
母親が病気で死に、父親も死んでしまった時、まだわずか5歳だった紫音は父方の祖父母の家に引き取られた。
その時だ。
兄の葵音と親族との間に大きな溝が出来てしまったのは。
特に父方の祖父母は強く葵音を憎んだ。
息子が死んだのはお前のせいだ、と言って当時まだ齢15の少年を突き放した。
他の親族も面と向かって憎々しい言葉を吐くことはせずとも、態度や扱いは彼らと大差なく、その中に葵音の居場所はなかった。
そんな葵音に手を差し伸べたのがこの花屋の元店主と、その奥さんだったそうだ。
何故、兄を助けてくれたのか、彼等は今どこにいるのか、紫音にとってはわからないことばかりの謎の人物達だが、彼等の話をする兄を見ているととても「いい人」のようで、兄に手を差し伸べてくれたことを心の内で感謝していた。
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