家出

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「おいおい、このクソ暑いなかクーラーもかけずになにボーッと突っ立ってんだ?暑さで頭やられたか。」 いきなり、 真後ろで声が通った。 はっとして振り返るとそこにはいつの間にか、自分と同じくらいの背丈をした少年が立っていた。 そいつは左手に持ったトレイをサイドテーブルに置きながらクーラーをつけ、テーブルの前にどっかりと座り込んだ。 トレイで運んできた水の入ったコップをひとつ、差し出しながら紫音に話しかける。 「久しぶりだな、紫音。とりあえずお前も座れば。ここ来てまだなんも口に入れてないんだろ?さすがに水飲んどかないと本当に頭やられるぞ。」 その声にようやく紫音の足は動き出し、荷物を下ろして少年の座った斜め左に腰を下ろした。 「久しぶり、理央。背伸びたな、前に会った時は俺のがでかかったのに。」 理央、と呼ばれた少年はにや、と笑いながら自身もコップの水に口をつけた。 「まぁな。ここ2、3年で一気に成長期が来たもんで。」 紫音も出された水を一気に喉に流し込む。 氷が沢山入っているせいでキン、とした刺激が喉から脳に走った。 今の紫音にはそれが心地良かった。 「まだベース続けてんのな。」 不意に、理央が紫音の背後を見ながら独り言のようにそう言った。 紫音もつられて後ろを軽く振り向く。 何があるかなど分かりきってはいたがつい、つられたのとそこにちゃんと存在していることを確かめたかったから。 そこには紫音がずっと大事にしているベースギターが黒いソフトケースに包まれて横たわっていた。 ここに来るのに勉強道具すら持ってくる気にならなかったが、このベースだけはと服や下着以外の唯一の持ち物だった。 「あぁ、もちろん。理央は?ギターまだやってる?」 向き直り、今度は理央に尋ねる。 「そうだな、たぶん紫音程じゃないけどたまに気分転換に弾いたりはしてるよ。」 「そうか。」 紫音程じゃない、というのは理央にとって謙遜でもなんでもなかった。 紫音にとって、ベースは生活の大部分を占め、触れない日はないくらいなのだから。
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