家出

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からん、と心地よい音をたてて手元の氷が崩れて溶けた。 「それが、お前の夢?」 コップの崩れた氷を見つめながら理央が紫音に尋ねた。 「、、、なんのこと」 紫音も、手元のコップから目を離さずに答える。 「しらばっくれんな。じいさん達と進路のことで揉めてここに来たんだろ。昔ベーシストになりたいって言ってたし、お前がやりたい事なんて『それ』以外何があるんだよ。」 「確かに、ベースは好きな事だけど俺は公務員志望だよ。ベーシストなんて、子供の夢だ。」 紫音は下手な役者が台本を読み上げるように、なんの感情も含まず言い落とした。 「公務員?」 案の定、理央は紫音に食ってかかった。 「お前それ本気で言ってるわけじゃねぇだろ、じゃなきゃなんで、、」 「うるさいな!大体現実的じゃないんだよ。音楽で食ってける奴なんてほんのひと握り、その上才能あるやつはもう俺らくらいの歳で実績残していってる奴だっているんだ。将来の事考えたらあやふやな世界に飛び込むよりもしっかりした土台築いていった方が良いに決まってるだろ!」 紫音はたまらず、声を荒らげたが対して理央は冷静だった。 「そう思ってること自体は、嘘じゃないんだろうな。でも、」 理央の瞳が、紫音の目をしっかりと正面から捕らえる。 昔と変わらず鋭い目をしてる、全てを見透かされそうだ。 そんなことを考えながらそれでも紫音は目を逸らすことが出来ずに、少年の黒い瞳に捕らわれ続けた。 「心の底から、それを望んでいるなら今、声を荒らげた意味はあったか?」 紫音は、声を発することが出来なかった。 なにか反論しなければ。 言葉なら、とっくに頭の中に浮かんでた。 それでも喉の奥につかえが出来たみたいに、声に変換して出すことが出来なかった。 理央はそれ以上に何も言わず、目も変わらず逸らさなかった。 紫音は、目を逸らすことが出来なかった。 長い沈黙に感じられたがその空気は階段を上ってきた人物によって破られた。 突然、扉が開きそこには少し拗ねたような顔の葵音が立っていた。 「飯できたからさっさと降りてこいって言ってるだろ?!2人とも無視するなんて夕飯はいらないのか?」
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