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ぼうっとした様子で、一之瀬くんがベッドの上で壁に寄りかかっている。会話も挨拶もなしに、やることだけやって帰るだけの距離が、今日はおかしい。
それは一之瀬くんがいつものように、鍵のかけていない廊下の窓から靴をもって上がってきた時からだった。
いつもと変わらないはずのなじみのある言葉がすくうそばから落ちて消えていくような空しさが漂っていた。
別のチャンネルが混じってしまったかのようなざらついた気分が拭えないまま制服を体につけていつもの自分を完成させる。
今まで一之瀬くんとの間にこういう時がなかったから、どうしたらいいのか分からない。
「八重澤……」
はっきりしない言葉の上にカチっと音が重なって振り返る。一之瀬くんが煙草に火をつけたところだった。
前に一之瀬くんの部屋で煙草を見つけたけれど、吸っているところは見たことがない。
お父さんの灰皿をもってくると、一之瀬くんは無言で受けとった。
「あいつ、」
眉をひそめて一之瀬くんが私を見た。目なんてほとんど合わせないできたのに、一之瀬くんは私をじっと見ていた。
「なんなの? つきあうの? ヤんの?」
こうしてはっきり届く言葉は初めてで、何かを言おうとして何を言えばいいのか分からず、口を開けては閉じた。
「だんまり?」
のど元まで迫っている熱がうまく変換できない。
「そうやっておとなしくしてれば誰かに見てもらえると思ってる? 勉強だけしてれば、守れるとでも? オレにやりたい放題されて、よく平気でいられるよな。お前、ビッチでも目指してんの?」
一之瀬くんは抑えきれないように言葉を吐き出す。
「なあ、なんとか言えよ。そうやって何も答えないで1人上から見下ろしているようなのムカつくんだよ。傍観者決め込んでんじゃねーよ」
煙草がじりじりと焼けて、灰になっていく。
一之瀬くんと私の関係のように。
「ほんとマジでお前、意味わかんねーわ」
灰皿に煙草を押しつけて、一之瀬くんがベッドからおりて制服のシャツを着た。ベルトをしめてブレザーを羽織ったところで、私をもう一度見た。
「ここまで言われても黙ってんだ。お前、終わってるわ」
スクールバッグを拾い上げて、一之瀬くんが出ていく。
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