1/2

15人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ

「ごめんミウ、待った?」 頭を振ると、八重澤くんが「帰ろ」と嬉しそうに笑った。昇降口のそばを離れて歩き出すと、八重澤くんが私の手を繋いだ。 空の色が澄んで透明を帯びだしている。長い夏の空が終わる。 「今日どっか寄ってく?」 「明日から試験だよ……」 「ミウってば真面目ー。まあそこがミウのいいとこだけど」 「真面目しか取り柄ないし……」 「んなことないよー。ミウ、自分を犠牲にできるくらい優しいじゃん。それでどんだけ小さな頃すくわれたか」 屈託なく言う八重澤くんの言葉は、とても素直で、だからこそ一之瀬くんとのかつての関係が古傷のように疼く。 八重澤くんに申し訳ないのではなく、世界との確かな絆を失った哀しみのせいで。 「……ミウ? 聞いてる?」 「あ、ごめんなさい、何……?」 「試験終わったらさ、皆でカラオケ行こーって話になってんだけど、ミウも行くでしょ?」 行かない、という言葉を押し込んで頷く。その瞬間に、光の中をひたむきに歩むような輝きを宿した表情で八重澤くんが足取りを弾ませる。 あの日から、一之瀬くんは私の部屋に現れることはなくなった。毎日のように見ていた、教室の誰かではない一之瀬くんの顔は、一之瀬くんが私に叩き付けた言葉とともに胸の奥で足掻いているみたいだった。 それからすぐに八重澤くんに本気で告白され、つきあうようになった。 そのことを生徒会副会長の顔で八重澤くんに「よかったじゃん」と言っていた一之瀬くんは、もう私を世界に繋いでくれる一之瀬くんではなかった。 「ミウ、聞いてる?」 「ご、ごめんっ。ぼーっとしてて」 「いいよー。その代わり」 ふっと目の前が陰った。 唇に柔らかい感触がおりて、キスだと分かるのに数秒は要した。 一瞬時が止まった気がしたのは、気づいたからだ。 一之瀬くんは、決して私にキスをしなかった。あんなに他の誰にも触れられない時間を過ごしたというのに。 泣き出しそうだった。慌てて俯くと、八重澤くんが私の頭を抱き寄せた。 「オレ、ミウとはずっといたいから」
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加