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カラオケボックスの部屋の安っぽい壁紙が場違いだったような居心地の悪さを押し隠して、八重澤くんの熱唱に拍手を送る。 「ミウー、オレどうだったー?」 歌い終わった八重澤くんが無邪気に私に抱きついてくる。 「あーもー八重澤ー。いちゃいちゃすんなら外でやれよー」 「妬かないでー」 「うっせ!」 八重澤くんがそばにいると、男子も女子も私がそこにあることを自然と受け入れてくれる。それでも、女子がアイドルグループの歌を歌い、その脇で男子とじゃれあう八重澤くんの様子は、どこか遠い出来事のように全ての音が遠ざかって、はっきりした像を結ばなくなっていく。 ただその中で唯一、濃い色彩を前よりも明確に放つ存在がいた。 一之瀬くん。 視線を向ければ、本当に十数回に一度の割合で目が合う。その度に、私の世界が恐ろしいほどの原色で蘇ってきて、古くなった細胞が祈りを捧げるように震える気がした。 彼は楽しそうに笑いながら、八重澤くんたちの様子を見ている。でも前みたいにその中心にはいない。どこか距離を置いて、周りの男子とけだるげに世界を傍観している気がした。 まるで、あの時私にぶつけた言葉そのままを生きているように。 見つめていると、ふっと目が合った。 そらされる。 分かってる。もう私と一之瀬くんを繋ぐ世界は崩壊して、どんな感情も理性も意味はなさない。 失望することさえも許されないような虚脱感。 あの時間だけが、私にとって生々しい現実だった。あれ以上の世界はもう立ち現れない。 そう思うと涙がこぼれそうだった。 このまま去りゆく夏の底で死んでしまいたい。 誰に看取られることもなく、ただ溺れるままに。 目元をぬぐって顔をあげると、一之瀬くんが私を見ていた。 笑いもせず、泣きもせず、怒りもせず、淡々と。 周りの日常が消えて、急速に言葉がほしくなる。 たった1人の。 共有したはずの世界の言葉を携えて、誰かではない一之瀬くんに会いたい。 「い き を さ せ て」 何かに気づいたように、八重澤くんが私の顔をのぞきこもうとした。 それよりも一足早く、私は強い力で腕をひきあげられた。引っ張られる。 「おい、一之瀬?!」
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