毒をまとった妖魚

2/11
前へ
/11ページ
次へ
美しいが毒を持った魚。それは、喰わなければ良いとゆうものではなかった。 漁師町に住む男、難波誠一。38歳。 代々漁師を職業としてやってきた。 色黒で背が高く、筋肉質で力持ち。ボサボサ頭にねじったタオルを巻いて、仕事に励んでいる。少し強面の、わりとイケメンだが独身である。 今日も、まだ暗いうちに漁に出て、日が昇り、すっかり明るくなった。 「せぇ!せ――ぇ!」 「はいよ――」 誠一は小さい頃から、『誠一』の一文字を取って『せぇ』と呼ばれている。 「 網がプロペラに巻き付いちまった。取って来い!」 「はいはい」ザバ――…ン! 誠一は作業服を脱ぎ、返事と共に海に飛び込んだ。 最近は若者がいないため、誠一はいまだに駒使いである。 と言っても、プロペラに巻き付いた網を取る作業は命懸けだ。プロペラを停止できないときは、網を取る際に巻き込まれ、大怪我をする可能性があるのだ。 誠一は、この中ではまだ若い自分が危ない仕事を引き受けることで、誰にも怪我をさせないと自負している。仲間達もまた、内心感謝しているのだ。 海の中は陽光が射していて、プロペラまで迷わず潜って行った。 網がぐるぐる巻きになり、プロペラはピク、ピク、と動いている。 そして船の下に、黒い物が見えた。 網のたるみが袋状になり、掛かった魚が出られなくなって、尾びれをばたつかせている。このままでは弱ってしまう。 誠一は急いでプロペラの網をナイフで裂いて取り、網が絡み付いた魚を、いったん船に揚げることにした。 海面に顔を出し、ゆっくり動き出した船に向かって「お――い、揚げてくれ――!」と魚を片手で力強く掲げると、船の男達が機械で網を巻き上げ、魚は網からほどかれた。 それは誰も見たことがないという珍しい魚だった。5、60センチほどのその魚は、黒く大きなウロコである。ところどころに青白く光るウロコ、赤く光るウロコ。妖しくも美しい魚だ。 「何なんだ?あの魚」「喰えるのか?」「不味そうだ」「毒があるんじゃないか?」 男達は口々に好き勝手なことを言った。 一人が誠一に、「おまえ喰ってみるか?」と言うと、誠一は笑いながら魚の方に目をやって、「喰うわけないじゃん」と言った。 そのとき誠一は、一瞬だけ魚と目が合ったのだ。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加