毒をまとった妖魚

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体が自由になった魚は、横になったまま勢いよく跳び跳ねている。そうしながら魚は、誠一の方に向けていた黒い瞳を反らした。 誠一はゾクッとしたが、太陽に照らされ、美しく眩しい魚にぼんやり見入っていた。 「そういえば昔からの言い伝えで、人間を喰らう魚の話、聞いたことあるな」 「あぁ、ある。それは美しい魚だってな」 「オレは毒を吐く魚の話なら聞いたぜ」 「せぇも、じっちゃんや、父っちゃんから聞いたことないか?」 「なぁ、気ィ付けろよ、せぇ」 みんな冗談半分で話しているが、この町に魚の言い伝えがあることは確かである。 〝そういえば漁師になった頃、おやじに『毒にやられるなよ』って言われたっけなぁ〟と思い出しつつ、「あぁ…」と空返事をして、魚から目を離せなくなっていた。 「おい、タバコの火、落ちっぞ」 その声にハッとして我に返った誠一は「オレ、あの魚もらって行くかな…」と呟いていた。 仕事を終えて、海水を注いだクールボックスに魚を入れ、車で実家へと向かった。 「母さん!おやじは?」 「おぉ、父さんはワカメ干してるよ」 高齢の父親は、今では個人的にワカメ漁などをして生活費の足しにしている。 母親が「さっき電話で言ってた大きな水槽、洗っといたよ!」と言って指差した。 その水槽は、父親の軽トラに乗せ、誠一が住むワンルームのアパートまで行き、そして部屋まで両親と三人で運んだ。 父親が「動物に興味のないせぇが何を飼うんだ?」と言うと、誠一は同僚達の会話が耳に残っていたので、「あぁ、まぁな…」と言葉を濁した。すると父親が誠一を見上げ、一瞬、心を見通すような真剣な眼差しをして、心配そうな表情になった。 後に誠一は、『なぜあのとき、おやじはあんな顔をしたのだろう』と考えるときが来るとは、今は思いもしなかった。 そこへ母親が、「そんなことよりも、まだ彼女の一人もできないのかい?」と明るく口を挟んで来た。 誠一は困ったように「う、ん―――…」と言って頭をくしゃくしゃと掻いた。 母親はもっと困らせるように「早く孫の顔を見せてくれよぉ」とモジモジしている。 そして父親が「まぁ、今はまだいいさ。せぇ、たまにゆっくり酒でも飲むべ」と言って母親を連れ、誠一のアパートを後にした。
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