毒をまとった妖魚

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仕事中誠一は、魚のことで頭がいっぱいである。 〝昨日は楽しかったなぁ〟 〝今日の夕飯は何を食べよう〟 〝あいつ、和菓子とかケーキなんかも喰うのかな?〟 〝何が好物なんだろう?野菜とかバランスの良い食事をさせないとな〟 魚のことばかり考えて、思わず顔がほころびる。 同僚達が「せえ、ずいぶん楽しそうだなぁ。何があったんだ?」「女でもできたか?」と声を掛けて来た。 誠一はドキッとしたが「な、何でもねえよ」と顔を背けた。 ある日、仕事の合間に昼食を済ませ、タバコを吸っていると「せえ、あの魚元気か?」と声を掛けられた。田丸涼という男である。七歳上だが職場では一番歳が近く、誠一は兄貴のように慕っていた。 「あぁ涼さん、あいつ元気だよ」 田丸は〝あいつ〟という言葉に違和感があったが、深くは考えなかった。 「今度見に行って良いか?それよりお前、顔色悪いなぁ、少し痩せたんじゃないか?」 確かに最近、楽しみながら魚と食事をしていて、誠一は食べる量が減っていた。そして魚とゆっくり過ごし、酒を飲む量が増えた分寝不足している。痩せて顔色が悪い理由はそれしか思い当たらないが、今の生活は変えられない。 誠一の魚に対する思いは、恋から愛へと変わっていた。 水平線を見詰めて「俺、病気かなぁ……」と答える誠一の横顔を見て、田丸は言葉が見付からなかった。 時化のため仕事が休みになった日、誠一は朝から魚とゆっくり向き合うことにした。 「名前を付けると言ってもなぁ…。ところでお前は雄か?雌か?」 「どこから来たんだ?遠い国から流されて来たのか?」 何をどう調べても何という魚なのかわからない。 魚をジッと見ていると、ふと思った。 「お前、雄なのか……」 それは直感であった。 魚というのは、普通性別を見分けるのが難しく、色などで判断できるのもいるが、このような種類のわからない魚の性別がわかる訳がない。 だが誠一は、なぜか雄だと直感したのだ。 「俺は雄の魚に恋をしたのか…」 何とも複雑な気持ちである。 それでも男の名前を考えてみるが……。 「さとし、こうじ、ひろゆき、ん――誠二?これじゃ俺と兄弟みたいな名前だ」 とにかく〝男らしい名前〟しか思い付かない。
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