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最後の標的を殺す時には、頭巾を取る。
それは彼にとって、その日の仕事が終わることを意味していた。
頭巾をつけている自分が暗殺者ならば、それを取った自分は何者なのか。
答えは、わからない。
だが、暗殺者以外になれるのではないか。
侘丸はそう考えていた。
この時も、例外ではなかった。
標的に静かに近づきながら、彼は自らの顔を曝け出す。
「ひ、ひいいいいいいいいいい!!」
うるさい。
断末魔なぞ聞き慣れた。
「お願いだ、後生だ、助けてくれ!もう悪いことはしねぇから…。」
うるさい。
命乞いなぞ聞き慣れた。
「やめてくれぇええ!」
だが、侘丸がこの仕事に飽きを感じたことはなかった。
これしか、彼は生き方を知らないのだから。
振り下ろされた脇差によって吹き出されたモノは、悪人の、汚らしい、赤黒い脳漿だった。
「……。」
「……。」
耳に入り込む音は、赤い雫が地に落ちるモノだけとなった。
だが、そこに侘丸は違和感を抱いた。
「……?」
音は、二つあった。
と、同時に腹に痛みが走った。
侘丸の腹部からは、赤が零れていた。
いつやられた?
この男を殺る前からそれは溢れていた。
何故気がつかなかった?
自身も男を追いかけるのに夢中だったということであろうか?
痛みを忘れるほどに?
「……っ。」
侘丸にとって、それは不覚でしかなかった。
盗賊の奴らに深手を負わされるなどとは。
「……。」
血を、流し過ぎた。
意識が、遠のく。
「……?」
落ちていく瞼の後ろの双眸で、彼はあるモノを見た。
それは、穏やかな川だった。
水が流れる音も聞こえないほど、穏やかな川であった。
気がつかなかった。
イヤ、ホントは知らぬ間に意識していたのかもしれない、な。
だから、痛みを忘れた。
忘れられないことが、あるから。
それをずっと考えていたのかもしれないな。
男はその場に倒れた。
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