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僕は、心臓が止まるような思いで、ただ椅子を凝視した。
違う、誰かが座っていたのだ。
その男は、全身黒ずくめの服装で、
少し背中を曲げて向こうを見ていた。
男が振り向くと、後ろの方に赤く揺らいでいるものが見える。
そこには暖炉があった。
薪がくべられていて、炎が舞い上がっていた。
男が陰になっていて、炎はまったく見えなかった。
男は顔をこちらに向けた。
年齢は五十歳くらいだろうか、頬はやせこけ、白髪交じりの口ひげを生やしている。
男は僕を見るなり、ニヤリと笑った。
「入りたきゃ、中に入れよ」
僕は何故か、その言葉に対して素直に従えなかった。
その顔からは、何か、人を不愉快にさせる、人の頭の中の何かを引きつらせる何かを感じた。
男は再び、目線で、中に入るように僕を促した。
僕は一歩中に入り、扉を閉めた。
閉めた瞬間、室内は一面の暗闇となり、暖炉の炎が唯一の明かりとなった。
男の顔は、炎で辛うじて見えている。
片方の頬をつり上げ、人を見下したような笑みは変わらない。
「あったけえだろ」
男は僕をジッと見ながら問いかけた。
部屋の中の暖かさは、段々と不快なものへと変わっていく。
背中から汗が出る。
僕は何も答えることは出来なかった。
男は再び暖炉に顔を向けた。
「それとも、外にいた方が気分良いか?」
僕は我慢出来ずに、上着のファスナーを下ろした。
髪の生え 際から汗がしたたり、
不快さは、徐々に男への憎しみへと変わっていく。
「熱いだろ、すげぇ汗だな、気分悪いか」
頭が朦朧とする、何故こんなに気分が悪いのか。
「もう、外に出るか?」
その瞬間、僕は振り返り直ぐに扉を開けた。
外に出た瞬間、吹雪のように風が舞い上がり、
この小屋の不快な熱気から僕を開放してくれた。
しかし、一歩踏み出すと、僕は雪の中を滑り落ちた。
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