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「ッ!」
一瞬動きの止まった朽葉の手首を、夏目の左手が掴む。逆手に腕を捻られて朽葉が地面にもんどりうった。鳩尾に拳を叩き込まる。潰れた声を上げた朽葉が昏倒した。
「―――夏目!」
倒れた朽葉の脇に、かくりと夏目が膝をついた。ぽとぽとと指先を濡らして落ちる血の筋に、駆け寄った秋月が真っ青になった。
「葵ちゃん、どうしたッ」
騒ぎを聞きつけた近所の者が表に出てくる。雪の上に広がっていく赤い染みに息を呑んだ。
「救急車を!お願いしますッ!」
地面に倒れこみかけた夏目の体を抱きとめて、秋月が肩越しに叫んだ。
「なつ……夏目ッ!」
自分の着ている作務衣の左袖を引きちぎった秋月が、夏目の掌にそれを当てる。
「馬鹿!なんで手でなんか……」
秋月の語尾が震えて途切れる。
「すみません……咄嗟に、手が、出ちゃって」
ぎゅ、と手首から圧迫されて、夏目が唇を噛む。
「秋月さんに、怪我が無くて、良かった」
ほっとしたように夏目が秋月の胸に額を落とした。秋月がその頭を抱きしめる。
「しっかりしろ……すぐ、救急車が来るから……」
止まらない自分の血をぼんやり見ていたら、頬にぽたりと熱いものが落ちて。それが秋月の涙だと気づくのに、少し時間がかかった。
「……泣かないで」
胸に頬を押し付けたまま視線だけを上げた夏目が、慰めようと言葉を捜す。貧血になったのか霞んできた頭。纏まらなくなってきた思考が、もどかしい。
ゆっくりと上がった左手が、秋月の頬に触れた。零れた涙を拭おうとして果たせずに、ぱたりと落ちかけた指を秋月が握った。
「―――すき」
小さな囁きに。
濡れた琥珀の瞳が、大きく見開く。
「なつ……」
「すき、だから……」
泣かないで、と呟きが消える。その瞼が再び閉ざされた。
「葵ちゃん!救急車が来たよ!」
近づいてきたサイレンの音が止まった。
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>第12話 如月(後編) に続く
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