第1章

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「お、今朝も積もりましたねぇ!」 日が昇ったばかりの早朝。母屋の玄関を出た夏目が声を上げる。昨夜からしんしんと降った雪は、また三十センチばかりその高さを増していた。 「表の雪、かいておいてくれるか?俺は庭の方をやってくるから」 ダウンの前を止めながら秋月が言う。はいと返した夏目が怪訝な顔をした。 「庭、ですか?」 なんでわざわざ?と小首を傾げる。 「今日は初午だから、庭のお稲荷様に近くの人がお参りに来るんだ。雪を除けておかないとな」 「初午?」 夏目が聞き返す。 「二月に入って始めての午の日は初午と言って、自分の家以外の七箇所のお稲荷様にお参りするんだよ」 「七つもですか?」 「この辺の旧家は、たいてい自分の敷地にお稲荷様があるから。この近在で六ヶ所回って、最後にお城にある稲荷に行くんだ」 俺達も朝のうちにお参りに行って来ようと、秋月がシャベルを持った。 「滑りますから、足元気をつけて」 二人で雪を片付けた後、初午のお参りに出かける。凍った道路の上にさらりと積もった雪が足元を滑らせるのに、夏目が声をかけた。大丈夫だよと秋月が笑う。 「君の方こそ、危ないぞ」 雪のあるところで育ったかどうかは、凍結した道路の歩き方を見れば分かる。ジーンズの長い足を持て余すように歩く夏目は、どうやらあまり雪には慣れてない。 まずは隣りの絵蝋燭屋にあるお稲荷様に詣でる。 綺麗に雪が片付けられた小さな赤い稲荷の前には、もう油揚げが供えられている。持ってきた供え物をその脇に置いて、秋月が手を合わせた。 小路に添ってお稲荷様を回れば、同じようにお参りに来ている近所の人たちと出会う。六ヶ所を回った後、二人は城址にある社へと向かった。 城跡へと続く石垣に挟まれた道にはまだ日が射さず、固く凍りついたままだ。高い石垣の上には、白く雪を積もらせた桜の木が枝を広げている。その上の空はまだ靄を纏っていた。
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