11人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
「お、今朝も積もりましたねぇ!」
日が昇ったばかりの早朝。母屋の玄関を出た夏目が声を上げる。昨夜からしんしんと降った雪は、また三十センチばかりその高さを増していた。
「表の雪、かいておいてくれるか?俺は庭の方をやってくるから」
ダウンの前を止めながら秋月が言う。はいと返した夏目が怪訝な顔をした。
「庭、ですか?」
なんでわざわざ?と小首を傾げる。
「今日は初午だから、庭のお稲荷様に近くの人がお参りに来るんだ。雪を除けておかないとな」
「初午?」
夏目が聞き返す。
「二月に入って始めての午の日は初午と言って、自分の家以外の七箇所のお稲荷様にお参りするんだよ」
「七つもですか?」
「この辺の旧家は、たいてい自分の敷地にお稲荷様があるから。この近在で六ヶ所回って、最後にお城にある稲荷に行くんだ」
俺達も朝のうちにお参りに行って来ようと、秋月がシャベルを持った。
「滑りますから、足元気をつけて」
二人で雪を片付けた後、初午のお参りに出かける。凍った道路の上にさらりと積もった雪が足元を滑らせるのに、夏目が声をかけた。大丈夫だよと秋月が笑う。
「君の方こそ、危ないぞ」
雪のあるところで育ったかどうかは、凍結した道路の歩き方を見れば分かる。ジーンズの長い足を持て余すように歩く夏目は、どうやらあまり雪には慣れてない。
まずは隣りの絵蝋燭屋にあるお稲荷様に詣でる。
綺麗に雪が片付けられた小さな赤い稲荷の前には、もう油揚げが供えられている。持ってきた供え物をその脇に置いて、秋月が手を合わせた。
小路に添ってお稲荷様を回れば、同じようにお参りに来ている近所の人たちと出会う。六ヶ所を回った後、二人は城址にある社へと向かった。
城跡へと続く石垣に挟まれた道にはまだ日が射さず、固く凍りついたままだ。高い石垣の上には、白く雪を積もらせた桜の木が枝を広げている。その上の空はまだ靄を纏っていた。
最初のコメントを投稿しよう!