第1章

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「おはようございます」 「おお、早いねぇ」 小さな赤い鳥居を幾つも潜って行けば、お稲荷様の社の横には小さなテントが張られている。ドラム缶にくべた薪で暖を取りながら、氏子衆がお参りに来る人たちに振る舞い酒を配っていた。 「さ、あんたも」 いや俺は、と遠慮する夏目に、お神酒だからと紙コップが手渡される。覗き込めば白くとろりと濁った酒がカップに半分ほど入っている。目線で笑った秋月がぐいと紙コップを呷った。反らした喉。こくりと動く喉仏に、夏目の視線が絡め取られる。 なに?と見返されて、夏目が慌ててコップに口をつけた。 「う」 甘酒かと思って飲み込んだ中身は、ドブロクで。嚥下した喉が、かあっと熱くなる。げほごほと夏目が咳き込んだ。 「あ、あきづきさん……」 これを一気飲み……と、唇を手の甲で拭いながら、夏目が視線を流す。 「ん?」 ケロリとした顔で見返してくる秋月に、参りましたと夏目が肩を落とした。 「さすがに雪が積もってると冷えますね」 帰り道、緩く傾斜した石畳の上をゆっくりと夏目が歩を運ぶ。くるくると首の周りに巻いて後ろで結んだマフラーを口元に引き上げた。 「今月一杯の辛抱だな。三月になれば雪もじき消える」 すぐに春だよ、と今は雪の花をつけている桜の枝を秋月が見上げた。 「秋月さんとここの桜を見に来たの、ついこの間みたいな気がします」 ジャケットのポケットに手を突っ込んで、少し猫背になった夏目が白い息を吐いた。 「君が来て、もうすぐ一年になるんだな……」 早いな、と秋月が甘い色の髪を揺らす。 「……俺ね、ずっと考えてたんですけど……やっぱり、きちんと話しておかないと、いけないって」 不意に低められた声。立ち止まった夏目に、え?と秋月が振り向く。 「っ!」 「―――っと」 振り向いた拍子に、つるりと秋月が足を滑らせた。腕を伸ばした夏目が後ろから抱え込むようにして支える。 「大丈夫ですか?」 「あ……すまない」 もう、気をつけてくださいよと、後から笑みの含まれた声がした。襟足にかかった息に、秋月の身の内にぞくりと波が立った。
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