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「おはようございます」
「おお、早いねぇ」
小さな赤い鳥居を幾つも潜って行けば、お稲荷様の社の横には小さなテントが張られている。ドラム缶にくべた薪で暖を取りながら、氏子衆がお参りに来る人たちに振る舞い酒を配っていた。
「さ、あんたも」
いや俺は、と遠慮する夏目に、お神酒だからと紙コップが手渡される。覗き込めば白くとろりと濁った酒がカップに半分ほど入っている。目線で笑った秋月がぐいと紙コップを呷った。反らした喉。こくりと動く喉仏に、夏目の視線が絡め取られる。
なに?と見返されて、夏目が慌ててコップに口をつけた。
「う」
甘酒かと思って飲み込んだ中身は、ドブロクで。嚥下した喉が、かあっと熱くなる。げほごほと夏目が咳き込んだ。
「あ、あきづきさん……」
これを一気飲み……と、唇を手の甲で拭いながら、夏目が視線を流す。
「ん?」
ケロリとした顔で見返してくる秋月に、参りましたと夏目が肩を落とした。
「さすがに雪が積もってると冷えますね」
帰り道、緩く傾斜した石畳の上をゆっくりと夏目が歩を運ぶ。くるくると首の周りに巻いて後ろで結んだマフラーを口元に引き上げた。
「今月一杯の辛抱だな。三月になれば雪もじき消える」
すぐに春だよ、と今は雪の花をつけている桜の枝を秋月が見上げた。
「秋月さんとここの桜を見に来たの、ついこの間みたいな気がします」
ジャケットのポケットに手を突っ込んで、少し猫背になった夏目が白い息を吐いた。
「君が来て、もうすぐ一年になるんだな……」
早いな、と秋月が甘い色の髪を揺らす。
「……俺ね、ずっと考えてたんですけど……やっぱり、きちんと話しておかないと、いけないって」
不意に低められた声。立ち止まった夏目に、え?と秋月が振り向く。
「っ!」
「―――っと」
振り向いた拍子に、つるりと秋月が足を滑らせた。腕を伸ばした夏目が後ろから抱え込むようにして支える。
「大丈夫ですか?」
「あ……すまない」
もう、気をつけてくださいよと、後から笑みの含まれた声がした。襟足にかかった息に、秋月の身の内にぞくりと波が立った。
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