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「お疲れさまでした」
最後の客のお愛想をして、夏目が厨房の中の秋月に声をかけた。
「寒いと鍋が良く出ますね。明日は鴨、もう少し多めに仕入れます?」
「そうだな。湯豆腐用の豆腐も多めに頼んだ方がいいかもしれないな。週末だし」
「ですね……あ、夜食ですけど、母屋の方で鍋でもしますか?」
いいな、と琥珀の瞳が笑う。
「じゃあ、俺下ごしらえしますから、先戻っててください」
暖簾入れてきます、と、弾む足取りで夏目が外に出た。
凍るように冷たい大気が頬を刺す。キンと澄んだ夜空には星が輝いていた。
「今晩も冷えそうだな」
こんな日はやっぱり鍋だよねと呟いた夏目が、はっと闇を透かす。その瞳が眇められた。
街灯の下にふらりと出てきた人影。
夜であるのに黒い丸サングラスをかけたその男は―――朽葉だった。
「お久しぶりですね」
口元が笑うように歪む。一見穏やかな物腰と言葉遣いは以前と変わらない。しかしどこか荒んだその雰囲気に、夏目が眉を寄せる。
「何しに来た?もう用はないはずだろう」
「あなた方のおかげで、組織での私の立場は丸潰れです」
朽葉が咥えていた煙草を足元に落とす。革靴が無造作にそれを踏みにじった。
「ここの件が上手く運べば、支部のトップに立てるはずだったのに」
「そんなの、俺たちに関係ない」
サングラスを外した朽葉が、それを内ポケットに入れる。冷え切った眼差し。吐く息が白く凍った。
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