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私は油揚を持って、黒に会いにいってみた。
夕焼けが早くなってきたなぁと空を見上げながら。
前を見ていなくて、とんっと人にぶつかってしまった。
「ごめんなさいっ」
慌てて言った目の前には、あの番頭といた遊女がいた。
そんなに派手でもないけど綺麗な顔をしている。
化粧をしていなくても色白でどこか色気もある。
「あ、ごめんなさいね。…誰かと思えばトウヤの」
藤弥さんのなんだというのか。
その続きは言うこともなく。
「私は敵ではないから安心なさい。番頭の監視みたいなものをオヤジ様に任されているだけ。トウヤも知ってるわ。よろしく、鈴音」
そんな種明かしをくれた。
それを私が知っていいのかもわからない。
「監視って…」
「オヤジ様だって敏三に好き勝手させるわけにはいかないもの。トウヤを連れて敏三の折檻を止めにいった感謝くらいはしてもらえそうなのだけど?」
あのときの遊女はこの人だったらしい。
そういうことかと納得。
「ありがとうございんした」
「どういたしまして。…ただトウヤのことに関しては敵になるかもしれない。次の楼主になるトウヤの女房の位置を狙ってるから」
藤弥さんの…女房?
そういえば藤弥さん、いい年なのに嫁がいない。
それが…私の敵?
私が藤弥さんの女房を狙ってる?
「わっちはそんなの狙っておりんせん」
「そうなの?…だったらトウヤに手は出さないでね。いくらオヤジ様の力添えをもらっても、トウヤを落とすのは簡単じゃなさそうだし、トウヤを楼主にするのも大変なんだから。まずは番頭をどうにかしなきゃなのだけど、あれを番頭から落とすだけなら簡単なのよ。トウヤを口説かなきゃ」
「藤弥さんのことがそんなに好きでもないのに、楼主の妻になりたいだけでござんしょう?楼主の妻がそんなにいいものに見えるでありんすか?」
「トウヤも好きよ。楼主になってくれないなら興味もないのは確かだけど。身請けされずに吉原に残った旨味の一つくらいは欲しいもの。私は遣り手。あなたが遊女になったら、いい客回してあげるから仲良くしてね」
女は私に笑顔を残して歩いていく。
遣り手。
遣り手になるのは食えない婆ばかりなのかもしれない。
あの人にも目的がある。
藤弥さんの嫁になるという目的。
…どこか気に入らない。
その目的のせいなのか、私の持っていないものを持っていそうなところなのか。
好きじゃない。
そんな印象。
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