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黒への油揚を手にしたまま、黒のところに向かう気も削がれて、どこかあの遣り手を応援する気持ちもない自分を感じている。
柚葉姐さんに若旦那様は譲らないというようなことも言われたことも、それでも黒に会いたいと言っていたことも、私には複雑なものを描かせてくれている。
男の奪い合い。
男を自分のものとすること。
女はいくらでもいるし、一度限りの男ならいくらでも吉原にくるけど、馴染みとなって頻繁に通う男は太夫の客でなければそんなに多くもない。
楼主になれる男は一つの店に一人だけ。
金を目当てにした欲というもの。
それだけのために自分の手元に置きたい男。
それが今の私にはあっさりと受け入れられないみたいだ。
恋しいと思うものだけなら受け入れられた。
だけどここじゃ、その気持ちだけでは生きていけない。
ゆっくりと歩いて九郎助稲荷神社に着いても、黒と話したいと思うこともなくて。
祠に油揚を供えて、お賽銭を入れて帰ろうとした。
黒と仲良くしていたら、それはそれで柚葉姐さんに恨まれるとも思って。
足早に神社を出ようとしたら、いつものように忽然と黒が姿を現していて、私の気も知らずに笑顔を向けてくれていた。
「願いはなんじゃ?すず」
願いはなんだろう?
今のこの胸の中にあるものをすっきりさせてくれるならうれしい。
けれど、それをどう願ったものかわからない。
藤弥さんがさっさと嫁をとってしまえばいいのか、柚葉姐さんに黒が会いにいけばいいのか。
「黒、うちの知らん間に柚葉姐さんに会いにいったん?」
「嫉妬か?」
からかうように聞かれてしまった。
不機嫌になるのは、少なからず嫉妬というものもありそうだけど。
「そんなんちゃうもん」
「すずに会いに正面からいったら、客とされた。柚葉が通りかかって、柚葉の馴染みとして通されただけじゃ。お主は忙しくしていたようで会えなかったがな」
私に会いにいったとは調子のいいことを言ってくれる。
「正面からきてくれても会えへん。わかってたんやろ?柚葉姐さんに会いにいったくせに。やることやったくせに。この好色狐」
ふんっと私は黒から顔を逸らす。
黒は声をたてて笑ったかと思うと、腕をのばして私の体を引き寄せようとして。
私は突っぱねようと黒の体に手を当てて、睨んでやる。
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