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「そんな顔を見せられると、儂はお主の間男のようじゃな。願いはなんじゃ?油揚の数が多いようじゃ。どれだけの願いを叶えられたいのか」
「お金いっぱい貰ったから、黒にわけてあげよ思うただけやもん」
「うれしいのう。それを手練手管としてはいないところがいい。演技だけでは心は釣れぬ」
「黒を釣ってへんよ。黒なんて狐やん」
「狐じゃ。吉原には女狐だらけじゃ」
黒は私が突っぱねようとした手を握って、私の背中を更に抱き寄せて。
私は黒の体に寄り添う。
獣くさいのかと思えば、黒からは花のにおいがふわりと香る。
かたい体に頬を当てると、柚葉姐さんのことを考えて落ち着かない。
こんなの柚葉姐さんに見られたら、私はどうなってしまうのか。
「柚葉と交わってはおらん。その手前でやめた。ただ柚葉はそう長くは生きられぬじゃろう。じきに体を壊す。そうなる前に吉原から出してやろうと思っておる」
「体、…柚葉姐さん、どないしたん?うちには普通に見えるで?」
咳もしていないし、丈夫そう。
黒があまりのことを言ってくれるから、私は顔を上げて黒を見る。
「今は何もない。すず、お主にも忠告してやろう。梅毒に気をつけろ。見るからに梅毒持ちは店が拒否をしてくれるが、体に症状が現れておる奴は閨を共にしようとしたときにわかる。柚葉は梅毒にかかっておる」
「ばいどく…?」
「死に至る病じゃ」
「そんなん黒が治してあげたらええやん。そんな病、この世からなくしてや」
「その願いは儂には叶えられん。儂にもできることとできぬことがある。万能でもない。狐じゃからの。化かすのは得意じゃがな。
柚葉を身請けする」
「石の小判で?」
それは店にとって、ひどく迷惑な話だ。
柚葉姐さんは太夫だというのに。
「白が稼いだ小判を使うつもりじゃが、足りぬぶんはそうなるじゃろう。狐じゃからの。金など持ってはおらん」
狐に身請けされるってどうなんだろう。
死に至る病というのも簡単に信じられない。
「河岸にいる敷き藁の上の遊女を見て帰れ。それが梅毒遊女の末期じゃ。お主の油揚ぶん、儂ができることをしてやろう」
まだ願ってもいない。
黒はそう私が願うかのように言ってくれる。
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