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黒に言われた通りに帰り道は河岸の見世を眺めながら帰ることにした。
唸るような声が聞こえてきたり、河岸見世は華やかなようで不気味な場所だと思う。
敷き藁の上の遊女というのは探すまでもなかった。
少し歩くと道端に敷かれた藁の上に転がされていた。
そういう折檻をされているのかと思えば、近づくと腐臭。
もう死んでいるのかと思ったけど、その体は動いている。
赤く爛れた皮膚。
それも顔から全身に広がっていて、生きるのもつらそうなうめき声を漏らしている。
近づくのはこわい。
横を通り過ぎ様にちらりと見たその顔は、原型がわからないほどに爛れて崩れて、鼻も削げ落ちていた。
人間には見えない。
化け物のように見える。
悲鳴が出そうになる口許を覆って、逃げるようにさっさと通りすぎた。
柚葉姐さんがあんなものになるなんて想像したくもない。
黒が嘘をついていることにしたい。
私にはいいように言って柚葉姐さんを身請けして暮らしたいだけなんだと思いたい。
柚葉姐さんが夜着に着替えるのを手伝う。
客と寝ない遊女。
どこでその病気をもらってしまったのか。
姐さんは私の前で腰巻き一枚の姿になっても、恥ずかしくもなさそうで。
私はその体に爛れたものはないか見せてもらう。
そういうのはどこにもない。
綺麗な白い肌。
「九郎助さん、吉原にきていらっしゃらないのかな?鈴音、見かけなかった?」
なんて柚葉姐さんもそんな病の自覚はないように、また黒に会いたいと話してくれる。
黒は柚葉姐さんを身請けすると言った。
柚葉姐さんには幸せなことなのかもしれない。
狐だけど。
狐の姿を見せなければわからない。
知らずに化かされているのは幸せなのかもしれない。
「見てはおりんせん。近頃の柚葉姐さんは九郎助さん、九郎助さんでありんすね」
「……わっちが抱かれてもいいと思えるのは九郎助さんだけだもの」
恥ずかしそうに、だけどはっきりと告げてくれる。
客と寝ない遊女。
だけど一回も寝ないでいたわけでもないし、今も毎日ではなくても客と夜を過ごすこともある。
ただの添い寝なのかは覗いていないし知らない。
「あ。鈴音の水揚げ、もうすぐだよね。その前に…遣り手婆にひどいことされるけど。…がんばってね」
柚葉姐さんは話題をかえるように言ってくれる。
初めては…。
藤弥さんが浮かんで、あの遣り手が浮かんだ。
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