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大引けは暁八つ。
丑の刻でみんなが眠る頃。
草木も眠る丑三つ時というやつ。
引け四つといわれる暁九つで見世の大戸は下ろされるのだけど、若い衆がそこで仕事終わりになることもない。
後片付けをしなきゃいけない。
後片付けをする人と後朝に朝帰りの客を送り出す人とわかれて、朝帰りの客を送り出す人は眠るけど。
このあたりは交替でやっているらしい。
じゃないと若い衆が遊女以上の睡眠不足になる。
私はいつものように朝四つ頃に起きた。
暁九つじゃもう眠い。
それでも藤弥さんとの約束を考えると、どこか落ち着かなくて眠れない。
暁八つに2階廻りの若い衆もいなくなって、誰にも見つからないように、こそこそっと布団部屋にいった。
戸を開けると、藤弥さんはもうちゃんときていたけど、布団に寄りかかって眠っていた。
戸を閉めて、藤弥さんに近づく。
冬も近づいて少し冷える。
寒そうに身を震わせて、それでもまだ眠る藤弥さんを見て、そこにいくらでもある布団をおろす。
少し湿気があるけど、ないよりはましだ。
布団を肩に乗せて、座って眠る藤弥さんの膝の上に乗る。
くっついて温めていると、今度は私が眠くなってくる。
藤弥さんの肩に頭を置いて目を閉じていると、藤弥さんの体がびくりと揺れて。
「…ね、眠っちまってた…?鈴音、おい」
起きて、私に声をかけてくる。
このままここで眠りたい。
抱かれるよりもそれがいい。
「寝よう?」
「おまえは俺をからかうんじゃねぇ。抱けって言ったのはおまえだろ」
言った。
目を開けて、肩から頭を起こして藤弥さんの顔をすぐそこに見る。
「抱く気もないくせに。眠っていたくせに」
「抱く気はある。……やるぞ?嫌がってもやめねぇからな?」
「いっつも口だけ。一人でどこかにいって、わっちを置いていってずっと帰ってこなかった。
……初めては藤弥さんがよかった。藤弥さんに初めて体をさわられたときから。抱かれたかった。藤弥さんはわかってない。わっちが藤弥さんに抱いた心」
淡いものだけれど。
いいなと思う程度だけれど。
私には特別なものだった。
だけど藤弥さんは楼主になって。
私は遊女になる。
年季が明ける間近の年ならいいけど、私はこれから多くの客をとる。
そこから逃げることはできない。
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