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淡いそんなもの忘れてしまえばいい。
けれど、今のここでは私が藤弥さんを落とす札となる。
「な、なんの手管だ。ったく。ガキのくせによ。…やっぱり寝るか。それがいい。このまま寝よう」
藤弥さんは私に手を出すでもなく。
私は夜着の帯をほどいて、藤弥さんの手を胸に当てさせた。
「わっちは遊女となりんす。この心は藤弥さんが持っていってくんなまし。……焦がれてしまわぬよう、この一度だけで」
私の胸をその手で掴ませるように握ると、藤弥さんは私をその床に倒す。
「妙な手管使うんじゃねぇ。抱いてやるって言ってんだろ」
私の顔を見てはっきり言って、私の股を開かせるようにその腕に引っかけて、私の脇に手をつく。
最初で最後だ。
あがきようのない、叶わないもの。
落としきれるはずもない札。
そんなものここに捨てる。
私は肩の上から藤弥さんの背中に腕を回して抱き寄せた。
あとは藤弥さんの腕に身を任せた。
想像以上に痛かった。
声なんて意識しなくても勝手に出てきて、藤弥さんの唇で唇を塞がれた。
いっぱい啼いて乱れて、強く藤弥さんにしがみついた。
鈴音じゃなくて、すずと私の名前を呼ぶ藤弥さんの声が耳に張りついて消えない。
その名前も捨ててしまおう。
呼ばれたくない。
「本当に初めて…だった?のか?」
私の中に吐き出したあとになって藤弥さんが言っている。
私はぼんやりと涙で滲んだ目で藤弥さんを見上げて呼吸を繰り返すしかできない。
藤弥さんの手が私の頬にふれて、目元にふれて拭う。
「…また抱いていいか?次やるときは痛くねぇよ」
そんな言葉はかけないでほしかった。
次があるのかと期待してしまうから。
私をあなただけのものにしてほしい。
そんな言葉もただの手管に思われるのだろう。
遊女になりたくないとは言わない。
あなたが私に望むのは太夫の格。
客をとって稼ぐこと。
他の客と寝ること。
小さい頃からよくわかってる。
太夫になれるほどになったら誉めてはくれるだろうか。
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