テキーラ・サンライズをもう一杯

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 初めてテキーラサンライズを知ったのは、 高校生の時、合法的にはお酒を飲んではいけ ない十八歳の夏だった。受験勉強と夏期講習 に明け暮れる日々、レコード会社に勤める同 級生の父親がユーミンのコンサートチケット を取ってくれて、たまには息抜きも必要なの だと、親を必死で説得した。あの頃の私たち にとってユーミンは別格だった。神様と言っ てもいい。当時、ユーミンの歌は宗教だった。   私は大学までエスカレーターの女子高に通 っていて、生徒のほとんどはそまま上の大学 に進学することが決まっていた。だから、高 三の夏休みであっても、みんなのんびりして いる中、私を含めた一部の生徒だけが、他校 への受験宣言をした。女子高育ちの私は、男 女が一緒に授業を受けたり、サークルに参加 するということに憧れた。女子大に行き、有 名大学の男子生徒との合コンという集団お見 合いではなく、自然な流れの恋に憧れた。そ れこそユーミンの歌の世界のような恋がした かったのだ。  コンサートは想像以上に素晴らしく、サー カスみたいな美しい舞台と、曲ごとに絵本の ページを捲るようなファンタジーの世界に、 幕が降りても、手が真っ赤になるほど拍手を 続けた 。  そのコンサートで隣に座っていた男の人が びっくりするほどかっこよかった。髪が少し 長めで、うっとりするほど鼻筋の通った横顔。 私は舞台を観ながら、時おりそっとその横顔 を盗み見た。彼は数人の友人と一緒で、曲の 合間に隣の綺麗な女の人(恋人だろうか)や、 そのまた隣の男女となにやら話していた。多 分、大学生だろう。  コンサートが終わり、出口に向かい友人と 長い階段を上っていると、誰かに後ろから肩 を叩かれた。振り返ると、隣に座っていたハ ンサムな彼が「落し物」と言って、ハートの チャームがついた、ピンクの財布を私に手渡 した。私は慌てて肩から下げていたバッグを 開けて、あ、と小さな声をあげた。 「座席の下に落ちていたよ。」  興奮して踊っていたときに、下に置いてい たバッグを蹴飛ばしてた拍子に滑り落ちてし まったのかもしれない。彼は私が肩からかけ ている、お財布とお揃いの バッグを顎で示し、 微笑んだ。笑うと目尻がほんの少し下がる。 私は財布をバッグにしまい、彼にお礼を言っ た。
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