テキーラ・サンライズをもう一杯

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   彼は、私にとっては正真正銘、初めての大 人の恋人だった。でも彼から見て、私はなん だったんだろう。ガールフレンドのひとり? 友達?  送ってもらって車を降りるとき、「好きだ よ」と軽いキスをしてくれたけれど、「愛し てる」と言われたり、「僕の恋人」だと紹介 されたことは一度もなかった。そう言えば愛 してるって言って、と懇願したら、「今日は 愛してる」と言った。ずるいと思ったけれど、 それ以上は何も聞けなかった。  アメリカに来てこんな言葉を知った。 FRIEND WITH BENEFIT エッチなオマケがついた友だち、と訳すれば いいだろうか。けれど、彼はそういうオマケ にはあまりこだわらなかった。ふたりで会う よりみんなでわいわい騒ぐほうを好み、ふた りきりの時は私をいろいろなところへ連れて 行った。表参道のブティック、吉祥寺のジャ ズ喫茶。化粧や服装や音楽、彼好みのライフ スタイルを私に徹底的に叩き込んでいく。黒 いストレートヘアは、当時、彼が大好きだっ た小林麻美のマイ・ピュア・レディーのCM みたいにベリーショートに代わり、ワードロ ープの大半だったピンク色はクローゼットの 奥に押しやられ、大好き だった原宿ミルクの 服は卒業して、ビギやコムデギャルソンのモ ノトーンの服が増え、ボズ・スキャッグスや マイケル・フランクスやアル・ジャロウがレ コードラックに並び、リキッドアイライナー や赤い口紅がポーチに加わった。彼はまだ垢 抜けない、子供の私をどこまで変えられるか 楽しんでいたのかもしれない。不純な意味の オモチャではなく、精巧なプラモデルを忍耐 強く完成させるように。  言ってみれば、私は彼にとってこれから色 をつける素材だったのだろう。多分、完成さ せるまでのプロセスが面白いだけの。
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