テキーラ・サンライズをもう一杯

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 彼、アキラは都下にあるキリスト系の大学 に通っていた。彼の大学には日本の高校から 入学する四学生と海外やアメリカンスクール 出身の九月生がいて、彼の友人の多くは帰国 子女だった。彼は四月生だったけれど、オー ストラリアで幼少期を過ごしたバイリンガル で、私はアキラが英語を流暢に話す姿を誇ら しく眺めた。  受験勉強どころではなかった。彼に会うた び、自分が女であることを認識する恋に、思 考回路のところどころが千切れて、発熱した。 「夜、家抜け出せる?」 ある日、彼が聞いてきた。みんなで赤坂に新 しく出来たアップスケールなバーに行くんだ けど、行かない? 私は考えた。答えは聞か れた瞬間に決まっている。考えていたのは親 につく口実だ。彼と出掛けるときは「集中し たいから図書館に行く」とか「本屋に参考書 を買いに行く」とか、散々嘘をついていた。 ずっと優等生だった私を全く疑わない両親に、 胸の奥で後ろめたさを感じながらも、彼に会 いたい気持ちがその罪悪感をぐいぐいと心か ら押し出した。  恋でショートした頭は、恋のためだけに働 くものだ。親への裏切りは大胆になっていく。 小さな嘘をつくとその嘘のたの嘘が必要にな り、嘘は雪だるまのように肥大していった。  早寝の習慣を持つ家庭に生まれたことを感 謝して、私は家族が寝静まった後、そっと家 を抜け出した。アキラは家から一本離れた道 の脇に車を止めて待っている。オレンジ色の シビックRS、「無限」というステッカーを 貼った彼の車。彼の助手席で、私は鏡と格闘 して化粧を施した顔と、コムデギャルソンの カーキ色のワンピースという姿で、親にみつ かったらどうしようという恐怖と、これから 繰り出す「赤坂」という街の響きが持つ、未 知の世界に対する期待で胸をきりきりとさせ ていた。そんな私に気づいているのかいない のか、彼は左手で私の手を優しく握り、右手 で器用にシフトスティックを動かした。
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