テキーラ・サンライズをもう一杯

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 私はテキーラサンライズを飲み干し、再び 店内の曲に耳を澄ませた。ビーチボーイズの ココモ。どうやらこの店のオーナーは私と同 年代らしい。そして多分、カクテルにまつわ る曲ばかりを選んでいるのだろう。  初めての大人の恋はあっけなく終わった。 ある夜、いつものようにこっそり抜け出し、 早朝4時過ぎに帰宅して、鍵をそっとまわ して玄関をあけると、母が静かに立ってい た。ハメをはずして火照っていた血液がそ の場で瞬間冷凍した。母は私の顔を見て、 お勝手に行って台布巾を持ってくると何も 言わずに私の顔をごしごし擦った。母の目 から涙がこぼれ落ちる。アイラインとマス カラが崩れて黒くなっていく娘の顔を、母 は泣きながら何度も何度も擦り続けた。  夜中に抜け出すことが出来なくなった私 を、アキラはあっさりフッた。夜中に出か けられないからでは無く、夜中に出かけら れなくなったという、口実がみつかったと いうことなのかもしれない。アキラにとっ て、私は特別ではなかった。たまたま近く に住んでいたから、手を伸ばして触れてみ て、とりあえずストックした。でももう飽 きてしまった。だから友達でいようねとか、 時間をかけて自然消 滅という曖昧な別れ方 ではなく 、よく切れるナイフで、トマトを 切るように、悲鳴を上げる隙も無いほど電 光石火ですぱっと切られた。キレの悪いナ イフでトマトを切るとじゅくじゅくして、 そこら中がぐちゃぐちゃになる。だから切 れないナイフで出来た傷口の方が痛いとい うけれど、心臓を真っ二つにやられた後に 残るのは、大きな傷口と長い闘病生活なの だ。私は一方通行だったこの恋を長いこと 引きずった。片思いだったから、頂上を見 ないで一気に落下したから、見ることが出 来なかったその先の風景が神々しく、自分 で創り上げたその映像を甘酸っぱい記憶の 延長上に描き、心に中に永久保存したのだ。  
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