第二楽章 ・ 夢と野望と駆け引きと

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「久乃木君、そろそろだぞ。覚悟は出来てるか?」 「あはは、やだなあ沢渡先生。緊張を煽るようなこと言わないでくださいよ」  沢渡先生は態(わざ)と僕の緊張を解そうと、神妙な面持ちを装いそんなことを言う。僕の肩に載せられた彼の手が、温かくて心地が良かった。  僕のエントリーしているのはマスタークラスで、課題曲は二曲。このふたつの審査得点を併せた合計点数で、勝敗が決まる。  審査において、有効な曲選びっていうのがある。難曲であればあるほど高評価につながるってのは勿論のこと、良く耳にする有名な曲を選ぶと観客に受けて会場が盛り上がる。  最後にこれは汚い手ではあるけど、審査員の趣向を事前に把握しておくんだ。そうすると審査員の贔屓評価が期待できる。  僕は沢渡先生から彼の存在を聞いて、課題曲プログラムのひとつを変更した。  篠宮 響希が最も得意とする、ニコロ・パガニーニ。彼が自身のリサイタルの締めに必ず弾く、ヴァイオリン協奏曲第二番第三楽章のロンド『ラ・カンパネッラ』。  僕は彼に秋波を送るつもりで、音楽家であるフランツ・リストが編曲した『パガニーニによる超絶技巧練習曲』第三楽章『ラ・カンパネッラ』を選んだ。  観客や審査員の手許にあるリストには、僕の課題曲はショパンのポロネーズとワルツになっているはずだ。当日になって課題曲を変更するなんて、まず有り得ないことだ。  これは僕の賭けでもあるんだ、巧く引っかかってくれよ――。
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