第二楽章 ・ 夢と野望と駆け引きと

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「さあ、思いっきり楽しんで来い!」 「はい、いってきます!」  沢渡先生に激励を受け、僕はスポットライトに照らされたステージへ、胸を張って歩みを進めた。  ☆ ☆ 「やあ、すごい演奏だったね。審査そっちのけで、君のサウンドに飲み込まれてしまいそうだったよ」 「ありがとうございます……篠宮さん」  ステージを進みピアノの前で止まった僕は、観客席に向かって一礼をした。腰を折る瞬間、彼と確かに視線が交差した。それで確信したんだ――彼は僕に興味があるって。  彼の淫奔ぶりは有名だし、バイセクシャルだって噂まである。だから僕は沢渡先生に、「それとなしに、僕を彼にアピールして欲しい」と頼んだんだ。  彼と先生はオケ仲間(楽団仲間)でもあるし、フランクに頼みを了承してくれるだろうと踏んだんだ。予想どおり、彼は僕を見て婀娜っぽい笑みを浮かべていた。バイってのも本当かも。  だったら僕は彼に体躯を差し出してでも、取り入ってやるまでだ。僕の駒がチャンスを作ってくれたんだ、無駄にはしない。  ピアノと対峙した僕は、持てるすべての力を以って、彼だけに最高の演奏をした。鍵盤に指を滑らせているあいだ、様々な記憶の奔流が脳裏を駆けめぐっていた。  母から教えてもらった特技は、彼と出逢うための必然的な運命として、僕に齎された贈り物なんだって気さえする。鍵盤をかき鳴らし叩きつけるフィナーレまで、僕は彼のことだけを敬愛し演奏したんだ。
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