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ただ走っていっただけのヤヅァムと、本気で走るスェマナ。当然、スェマナの方が速い。
「ヤヅァム、待って、行かないで」
スェマナの声を聞いたヤヅァムは立ち止まり、崩れ落ちるように地面に倒れこんだ。
まだ、倉庫近くの、少し広い辺りだ。
湿気を帯びた、夕方の空気が近くの植え込みの木の葉を揺らす。
下町ではそろそろ夕方の買い出しに、奥様方が籠を手に出掛け始める頃だろうか?
領主館の敷地は広い。
街の喧騒はさすがに届かないが、空気に漂うざわめきは伝わってくる。
落ち着きかけているが、それでいて夕飯や、団らんへの期待をはらむ、この時間独特のそわそわした空気。
ただ「俺じゃない」とだけ、うわ言のように言いながら号泣するヤヅァムの姿はまるで、いたいけな幼児のようだ。
「うん……信じるよ、信じるから……」
幼児が母に向かってするように、スェマナの膝にすがり、そこから袖を掴んで立ち上がるヤヅァムの身体は、スェマナをすっぽり包める程に成長している。
頭に手を回すのは大変だったので、スェマナはヤヅァムの背中を優しく撫でた。
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