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わずかな接触の後、身体を離す。
「……あ」
驚きで硬直していた遠藤の顔が、ゆっくりと解れていく。
驚愕――困惑――期待――後悔――希望――歓喜。
ああ、こいつの表情は、なんでこんなに見ていて飽きないんだろう。
俺の前で変わっていく表情に、広がっていく笑顔に、目を奪われる。
「じ、じゃあ、肇……っ」
「――お前、ずるい」
「は?」
遠藤は笑顔のまま、俺の不機嫌そうな台詞を聞いて首を傾げる。
「その、顔。笑ってる顔……それを見てると、なんかもう何でもお前の希望を叶えたくなるから」
「いや、え、そ、そうなのか?」
首を傾げながらそれでも俺の言葉に目を輝かせる。
そんな遠藤を恨みがましくじろりと睨む。
「ホストの時も、その笑顔で他の奴も手玉に取ってたんじゃないのか?」
「い、いや」
遠藤は慌てた様子で、やや大げさに手を振って否定する。
「店長に、厳命されてたんだよ。俺は、笑うなって」
「はあ?」
意外な言葉に、今度は俺の方が困惑する。
「その、俺の笑顔は下品だそうで……エンドのイメージが壊れるから、客相手にまともに笑うなって」
「――お前、俺の払った金返せ」
「え、ええ!? いや返したけど。31回の個別指名分から経費を抜いた3000万円……」
「あれは俺の購入代だろ。別の取引だ。だいたい、前は30回って聞いたぞ!」
ううううう。
俺のあの努力は、金は、何だったんだ!
頭を抱える俺に、遠藤の心配そうな視線が降りかかる。
視線だけじゃない。
手が、腕が、遠藤自身が、俺に近付いて。
「あのさ」
熱い息を、間近で感じる。
俺の顔の目の前に遠藤の顔があった。
すいこまれそうなその熱っぽい瞳に、呼気に、くらくらする。
遠藤はそのままじっと俺を見つめる。
笑顔、のような物を作ろうとしたんだろうが、その表情は何処か強張っていた。
だけど、エンドの皮肉気な笑みと違って、吸い込まれるように引き付けられて――
「俺の笑顔を見てると、なんでも希望を叶えたくなるって言ってたよな」
「ああ」
「今でも?」
「……最初っから、そうだ」
「じゃあ……」
遠藤の手が、俺に伸びる。
頬に触れ、喉に、首筋につたう。
「……んっ」
更に深い所へ伸びそうになったその瞬間。
俺の携帯の着信音が響いた。
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