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ライダースジャケット
大学近くに中古服の店がオープンした。
値段が安く、置かれている服も好みの品が多くて、暇があればちょくちょく足を運ぶようになった。
そこで見かけたライダースジャケット。色もデザインも何もかも好みで、ほぼ一目惚れだった。だけど見た感じ、若干小さめな気もして、せっかくだからと試着してみることになった。
ジャケットだからその場で羽織ってもよかったが、合わせたいボトムも近くにあったので、それらを持って試着室に向かった。
ますはボトムを穿いてみる。こっちは案の定ぴったりだ。
ではいよいよ、目当てのジャケットの方を羽織るとしよう。
見た目の印象より若干大きかったジャケットは、あつらえたように俺の体にフィットした。
これはいい。買うしかない。
そう思った俺の肩に、ぐっと何かの圧力がかかった。
何かがのしかかってきているような重圧に、首を捻って背後を見てみる。しかし当たり前だが何もいない。
ぴったりに感じているが、実はジャケットが体を締めつけているのだろうか。
そんなことを考えながらもう一度背後を窺った俺の視界の片隅に、鏡に映る自分が入った。鏡面の俺の肩越しにこちらを見ている男の顔も。
間違いなく誰もいないのに、鏡の中にだけ男がいる。その口元が動いている。
お れ の ふ く
声なんて聞こえない。だけどそう唇が動くのが見えた。
その後は、大慌てで試着の品を脱ぎ、俺は何を買うこともなく店を飛び出した。
…あれから半月。
最近になってようやくまたあの店に足を向けることができるようになったけれど、マネキンが粋に着こなすジャケットを手に取ろうとは思わない。そして、どうやら同じ思いをした連中は他にもいるらしく、時々、同様の視線でマネキンを見ている奴を何人も見かける。
いったい誰が着ていたのか。どういう経緯で中古の服屋に流れて来たのか、謎多き…というよりいわくつきのライダースジャケット。
そいつは店の人目を引く位置で、今日も四方八方から熱い視線を注がれながら、それでも誰かの手に渡ることを拒み続けている。
ライダースジャケット…完
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