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「今日はお疲れ様でした。森谷部長」
会議が終わり、帰りの車の中、部長に語りかける。今日の議題を良い手応えで終えたからか、部長は弾んだ声で答えてくれた。
「ああ、長瀬君もご苦労様。どうだい? いい経験になったかい?」
「…そうですね、色々と」
それは僕の正直な気持ちだ。実際、良い経験になった。
「○×商社の社長も、こちらの要求をあっさりと呑んでくれましたね」
こっちにばかり利がある内容での取引。よく呑んでくれたものだ。
「――あっさりと、じゃないよ」
森谷部長から意味深な呟きが耳に届く。それに喰いつくかスルーするか、悩んでいる間に部長が続けた。
「聞いているんだろう? 僕の事」
「……ええ。だいたいは」
どうやら部長は隠すつもりは無いらしい。正直意外だが、僕がそれを聞いていることも、知っているのだろうと思い納得した。
「……ふふ。あの社長も、浮気なんかするからいけないんだ。それに、裏でこそこそとくだらないことをやっているようだし」
「――それで、脅したんですね」
そう、後ろにいる森谷部長。彼は、取引先の重役の弱みを握り、それを盾に無理な取引を成立させ、今の地位を築いた。
「脅したなんて人聞きの悪い。僕は彼の秘密を少しちらつかせただけさ。取引を承諾しろだなんて、一言も言ってない」
これだ。
全く悪びれることなく、日常のくだらない世間話の様に、それを口にする。実際、悪いことだとは思っていないのだろう。
「あまりやり過ぎると、いつかしっぺ返しを食らいますよ?」
「大丈夫さ、彼らの手綱はしっかり握っている。それほど無茶な要求もしていないしね」
よく言ったものだ。
だが確かに、今日の取引も相手が血を吐く思いをするような内容ではない。一方が有利な取引に違いはないが、その程度、この業界ではよくあることだ。毎回、特定の個人が関わっているとなれば、別だが。
その程度に抑えておけば、危険を冒して抗おうという人間は少ない。この人は、そういうさじ加減が上手い。だからこそ、この地位を得られたのだろう。
「今日の会議、渡辺部長も、ですか?」
「よく分かったね。彼も昔、過ちをね。まぁ些細なものだから聞かないでやってくれ」
脅しに使えるほどのものを些細とは。そもそも、脅している本人が何を言っているのかと言いたくなる。
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