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ツクリモノのカノジョ①
六年前
夕焼けが世界を染めていた。いちめん、燃えているみたいに真っ赤だ。退廃的なその様子は、どことなく古い絵画みたいだと思っていた。
その抽象的な世界で僕は立ち尽くしていた。この場所で待っているはずの友達は見つからない。くたびれた段ボールとその中にある薄汚れた毛布が、僅かに昨日まで彼がここにいた事を証明だった。
――――――置いていかれた。
胸に去来するのはそんな思い。漠然と、場違いだな、と思っていた。何せ、相手は一匹では生きられない乳のみ子だ。一人で歩いてどこかにいくことなどできるはずがない。
見上げた真冬の空は低く、重い。上から押さえ付けてくるような分厚い雲は、赤色から黒色へ、駆けるように変化していく。
朝の天気予報ではたしか、今夜は雪が降るかもしれないと言っていた。指の先が、あまりの寒さにちょっとだけ痛い。生まれたばかりの子猫一匹だけでは、この夜は越せないのは、小学生である僕でも理解できていた。
なぜ、僕はここに立ち尽くしているのだろうか。そんな簡単な疑問の答えが見つけられない。昨日まで夕方の時間を共有した、尻尾のある友達の未来を思うのならば、この場に留まるのではなく探しに行くのが正解のはずだった。
それなのに、自分の足は動こうともしない。今、心の中を占めるのは、友達に対する心配よりも、後ろめたい安堵感が勝っていた。
そんな自分に、心底恐怖する。だから、心の隅に居座っている真っ黒い部分から、目を逸らそうと必死になっていた。
もうすぐ帰らないといけない。何せ僕はまだ小学五年生だ。夜中に歩いていたら、大人達は不審に思うだろう。そんな、幼稚なへりくつを頭の中で必死にこねくり回して、ただ立っているだけの自分を、何とか正当化しようとしていた。
―――だけどいずれ破綻する。そんな実感だけは、どんなにがんばっても拭い取れなかった。
置いていかれたと言う感想は不確かだ。他の親切な誰かに連れて行かれたかもしれないし、カラスに連れ去られたのかもしれない。確かなのは、あの友達がもう僕の未来と交わらないという真実だけ。
―――故に、置いていかれた。僕は立ち尽くしたまま、去って行く子猫の後ろ姿を見ているだけだ。
胸を痛いほど締め付ける安堵感は、この先、彼の結末を知らずにすむという、後ろめたい心の在り方に他ならない―――
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