ツクリモノのカノジョ①

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「あなた、どうして泣いているの?」  そんな声で、僕は初めて自分の頬を濡らしていた涙を意識できた。  声が聞こえてきた方向に、恐る恐る振り返る。滲んだ夕日を背負うように、彼女はそこに佇んでいた。歳や、背格好は自分と同じぐらい。肩まである艶やかな黒髪は、冷えた暗い夜を連想させた。 「はじまして、私はスズリ。あなたは?」  目の前に立つ少女の声は、夜の迫った夕闇に冷たく響いた。僕を見つめるその瞳は、黒く揺らがない。まるで出来の良いガラス細工の人形のようだった。その余分の無さは、少女の向こう側の景色が透けて見えるような錯覚をさせる。 「えっと……」  僕が少女に抱いた印象は、『異様』だった。彼女の姿はあまりにも夜の闇に映えている。原初から続く、理解が及ばないものに対する本能的な恐怖。目の前の少女を、自分と同じ人間として認識できず、僕は言い淀んでいた。名乗ることさえ、危険に思えていたのだ。  声を出せずに、佇んでいた僕の横を、少女が音も無く通り過ぎた。あまりにも静かすぎて、近づかれた事さえ解らなかった。微かな花の匂いがして、ようやっと気づくことが出来たのだ。僕は一歩も動けずに、首と目だけを動かして少女の姿を追っていた。  少女の目の前にはくたびれた段ボールがある。そっと草むらに腰を下ろした彼女は、その白く細い指の先で、中にあった薄汚れた毛布を撫でた。まるで祈るようだと、場違いな感想が僕の頭の中で生まれた。少女はこちらに背を向けているので、その表情を伺うことはできない。それなのに、僕の頭の中には、静かに目を閉じた少女の顔が鮮明に浮かんでいた。 「猫……」  少女の声は呟くようで―――それでも確かに僕の耳に届いていた。 「飼っていたの?」  振り返った少女の表情はやはり人形のようで、それでも、その深く黒い瞳には、さっきまでは確認できなかった、ほんの僅かな光が揺らめいていた。  ……胸には、まだ痛みが残っている。嘔吐感を伴う、後ろめたさと安心感が混ざったわだかまり。吐き出す術を、僕はまだ知らない。見えるはずのない子猫の後ろ姿が脳裏に浮かぶ。その場にうずくまりたくなるような、胸の痛みを無視して、僕は表情を取り繕いながら少女の言葉に応えた。
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