ツクリモノのカノジョ①

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「どう……かな。飼っていたとは言えないと思う」  思い返してみても、僕と子猫の関係は随分と曖昧な物だった。学校帰りにこの河川敷に立ち寄って、こっそり持ち出した給食の残りを与える。そんな、僅か一時間にも満たない、些末な逢瀬だ。僕らの間に何か温かいものが通っていたとは考えにくい。あの子猫は最後まで僕に懐かなかった。与えられた餌を食べるときでさえ、用心深く僕とは一定の距離を保っていた。 「そう」  少女の声は、辺りに降りてきた夕闇よりも冷たく響いた気がした。そこに、何の感慨も含まれていないことだけは分かった。無関心という言葉さえ、生ぬるい温かさを感じてしまうほどに、少女は子猫の名残に一欠片の興味も示していなかった。そっと、少女が僕に歩み寄った。心の中は逃げ出したい気持ちで一杯だったが、残念ながら僕の両足は重しを括り付けられたかのように動かなかった。僕の正面に回り込んだ少女は、そっと、僕の頬に掌を当てた。少女の手は、その冷え冷えとした白さからは想像出来ないほど温かく、僕はようやく、少女が生きていることを実感できた。 「だけど、あなた、泣いてるわ」  そう呟いて、少女は、僅かに首をかしげて僕の瞳を覗き込んだ。  ……初めて、少女の言葉から感情らしき物が読み取れた気がした。それは、六等星の瞬きほどの儚さですぐに消えてしまったため、どのようなものかは分からなかったけれども。  冷えた手で、瞳を拭う。手の甲を濡らした涙の意味を理解するのを、僕は半ば本能的に拒否していたと思う。ただただ、僕の心を支配しているのは焦燥だった。  少女の疑問は、必死で目を背けていた僕の心の深い部分を暴く行為に他ならない。明るみに出てしまえば、それこそご破算だった。僕はきっと、今ままで必死に作り上げてきた自分ではいられなくなる。意図していない自己の変革ほど恐ろしいモノはない。だから、沸き上がる感情から懸命に目を逸らして、僕は少女に向かって、なんとか笑って見せた。 「そう……だね。なんでだろう……」  少女は、目を半月のようにして眇めてみせた。不満を表した、ではないのだろう。ただ、僕の言葉の意味を計りかねているようだった。
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