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「目、赤いわ」
最初、少女が不意に発した言葉の意味がわからなかった。ほんの少しだけ滲んだ夜の世界。僕は慌てて、手の甲で両目を拭う。小さな水滴で湿った手の甲は、冬の冷たさを際立たせた。僕は恥ずかしくて小さく笑いながら、少女に応えた。
「昨日、あんまり寝てないんだ」
「どうして?」
「……心配だったから……猫が」
僕は小さく嘘を呟いた。確かに、僕は昨晩、眠りにつけなかった。目を閉じる度に、まぶたの裏に、暗闇に溶けていく子猫の姿が浮かんだからだ。だけど、そこにあるのは子猫の身を案じる綺麗な感情だけではなかった。押しつぶされそうな後悔と、後ろめたい安堵感が繰り返し、交互に僕を襲ってきた。僕は布団の中で震える手足を精一杯縮こませて、長い夜を越えたのだ。
「そう……あなた、泣き虫なの?」
予想外の少女の問いに、僕は一瞬だけ呼吸とめていた。
「なんで?」
「昨日も泣いていたわ」
「ああ、そう言えばそうだったね」
僕は、二度と涙がこぼれないように夜空を見上げたまま声を出していた。考えてみれば、二日続けて少女に涙をこぼす場面を見られたことになる。気恥ずかしさよりもむしろ、冷えた失意を覚えていた。
「猫、無事だといいわね」
「そう、だね」
決して自分の心の中を見ないようにしながら、僕は少女の問いに答えた。
僅かに煌めく水面が音を吸い取っているかのように、静かな夜だった。ふと、隣から聞こえていた少女の息づかいが途切れていることに気がついた。
恐る恐る横を見ると、少女は自分の膝の上にほほをくっつけたまま、僕を見つめていた。柔らかそうな少女の黒髪は、夜の闇の中でもなお、鈍く光っている。ほんのわずかだけれども、少女は眉をひそめていた。
「あなた、やっぱり変」と、少女は表情を変えずに口を開いた。
―――君に、言われたくない。
僕はとっさに出かけた本音を飲みこんでから、少女に笑いかけた。「そうかな?」
少女の黒い瞳は、じっと僕を捉えたままだ。僕は視線をそらしたい衝動を押し殺して、少女に微笑み続けていた。
「昨日もそうだったわ。あなたは涙を流しているくせに、笑おうとしている」
―――僕は
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