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あの日見た光景を、私は一生忘れないだろう
私が住んでいたのはこぢんまりとした海辺の田舎街
その地の主である辺境伯の子供、3人兄妹の末娘として生を受けた。
名目上は貴族だがうちは裕福ではない貴族で肉も魚も満足に食せなかった為二人の兄と共によく裏にある山の中を走り回ったり海に潜ったりしたもので、その甲斐もあってか身のこなしは同年代の男の子に負けることはなかった。
14の成人の儀を終えてからは花嫁修業だとか言って裁縫やマナーなど様々な事を叩き込まれた。
それがつまらなくて不貞腐れていると二人の兄が気晴らしに武術の稽古をつけてくれたこと、よく覚えている。
つまらない授業があってもそれなりに楽しくて、優しくて強い兄達と一緒に過ごせるならこんな毎日が続けば良い、と思っていた。
そう………………あの日までは。
††††††
あの日、奴等は私達の住む街に訪れた。
漆黒の鎧を身に纏い統率を乱さずまるで我が物のように街のど真ん中を闊歩していく。
街を火矢で焼いていき邪魔と見なした街人を切殺していく悪魔の集団に人々は悲鳴を上げ半狂乱になりながら逃げ惑う。
母様の言い付けで女中と共に果物を買いに来ていた私はその光景に身の毛もよだつような悪寒を感じていた。
奴等の向かう先』……目的地は私の家だったのだ。
逃げ惑う街人を避け裏道を通り騒ぐ女中を連れて先回りして家に戻れば二人の兄の姿。
一体何が起こるのか、と問いただせば黙りを決め込んでいた上の兄様が私の手を引いて2階へ掛け上がっていく。
そのまま何故作られたのかまったく分からなかった隠し小部屋に私を押し込むと下の兄様に何かを言い付け、家宝の槍を私に押し付ける。
「いいかイーナ、絶対に声を上げるな
その槍を抱いて静かにな………出来るか」
切羽詰まったような声で囁いた兄様の言葉に「分かったわ」と声を絞り出すと「良い子だ」と優しい手付きで頭を撫でられた。
直後、階下から扉が破られる音が聞こえてくる。
女中や執事達の悲鳴が響き、それが更に恐怖を煽る。
それを悟ってか兄様は私の手をとり自分のしていた魔法の装飾が施された指輪を嵌め、「御守りだ」と微笑む。
希望を捨てるな、そう言って額にキスをされ扉を閉めた兄様が走り去る音が聞こえた。
それが最期の音だった。
†
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