第1章

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「誰にでも彼にでも自分の心の内なんて喋るもんじゃない、けどさたまに相手が傷ついたとしても漏らすことは必要だ。君はさっきデビュー作の演出をがんばったのは親友の為だって言った、じゃあ彼女のためにやめよう」 「軽蔑されたくないんです、怖がられたらどうします? あなたには分からないでしょうね! 自分が普通であることが当たり前の人に!」  平手打ちが炸裂した、友人を出される方が意外と人は激高する。そんな経験を思い出すが、もういい加減離せばいい。彼女の人生じゃないか、好きにすればいい。理解されない苦悩の果てに自分で始末をする、人に迷惑もかけないで大したことじゃないか。 「・・・・・・放っておいてください」 「君のご両親は? 友人たちは? 彼氏は? そして君を尊敬する哀れで無能で夢を捨てきれない凡人たちは?」 「うるさいうるさい、うるさい!」  もう二発、目に火花が飛び散る。バカな男だ、どうしてろくに話もしなかった女にそんなに真剣になる? 彼女に憧れていたからか? 惚れていたか? 可哀想だからか? 「誰も私の気持ちを理解できない・・・・・・いつかそのことで私はきっと彼らを責める、傷つける! そんな日の前に」 「君を理解しようとしない連中なんて迷惑かけてやればいい、痛みは教訓なるかもしれない。こうやってビンタくらいいくらでもしてやればいいさ。  俺は君が特殊だと思う、とても可哀想だ。けど自分から望みを捨てるなら、もう助けてやれない。自分で幸せになろうとすることをやめる人間を助けることはとても難しいんだ」 「私は、誰にも助けることは出来ない!」 「いいや、そんなことは絶対にない!君が救いを求める限り、思わないところから助けは差し伸べられる! それを捨てないでくれ!」  四度目の一撃は顔面への平手打ちではなく、鈍器だった。刈谷が飲んでいたジンジャエールのコップが掴んでいた手に降り下ろされた。痛みに手を離すと彼女は風のように消えていた。  結局、日野美月は世捨て人になった。  けれど彼女は元々の定住先を海外の辺境から、国内の山奥に変更してくれた。電車どころか車もろくに走らない北の山地、けれど四輪駆動を使って近くの国道まで午前中に行けば日が暮れるまでには会える。ハードルが高いが全てを断絶もしない。それが刈谷の説得の影響か彼女の躊躇故かは分からない。
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