第1章

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「善行って自分が他人にしたときは意外と忘れてしまうんですよ。・・・・・・そうですね、あなたでなくてもよかったです。でも他人に話してたまらないけど、絶対に一人二人にしか話せないと思ったとき、一番に目に入ったのが貴方だったんですよ。そしてこの人ならと思えたーー貴方も自分を卑下しすぎです」 「・・・・・・若者達観しすぎて、ナマイキー。俺の半分くらいしか生きてないくせに」 「ふふふ」  できる若者は、強者がそうであるように静かに笑い、相対的弱者の刈谷の茶化に乗りはしなかった。 「でさ・・・君の悩みって何?」 「・・・・・・・・・・・・」  視線が逸らされ、地に墜ちる。 「君が俺を信頼してくれてうれしいよ、だから俺はそれに茶化さないで真剣に答えようと思うーー君がどうしても話したけど隠しておきたいことはなんだい?」 「・・・・・・・・・・・・」 「ま、恋の悩みじゃないのは確かだよね。それなら同世代の友達に話せばいいし、ましてやこんな地下レストランにまでくる必要はない。自宅に招いて相談すれば・・・」 「・・・・・・楽って・・・・・・きですか?」  注意深くページをめくる音のような、小さな声。風どころか空気にすら紛れてしまいそうな細いーー嘆き? 「え?・・・・・・ごめん、よく聞こえな・・・・・・どしたのそんな怖い顔して?」 「刈谷さんはーー音楽って好きですか?」 「・・・・・・はい?」  完全に予想外の質問で、ジンジャエールのコップをひっくり返す。中身は空だったので、部屋に反響したのは続く美月の声だけだった。 「すみません、やっぱり変なことを聞いていますね・・・」 「はあ・・・・・・それが君の悩み?なんか哲学的だね・・・・・・わわ、そんな怖い顔に戻らないで!」 「哲学レベルでなくて構いませんーー感覚として、好き・嫌いを教えてください」 「え、えーと・・・・・・好き嫌いというか、まあ仕事だね。毎日どうしたら歌手や音楽家の魅力を広く伝えられるかの演出、そのためにかけずり回ってる。結構忙しいから、好き嫌いって感覚はだんだんなくなってる・・・・・・かな?」 「仕事の話じゃなくて構いません、休日に音楽を聴いたり、それを楽しんだりしていますか?」  なんだそれ、文化的で健康的な最低限の生活?
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