第1章

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「そりゃ、まあ適当に・・・・・・若い頃凝った洋楽ロックコレクションとかをたまに懐かしんで聴いたりする程度には・・・これ何の話?」 「通勤途中や仕事の合間に携帯型の音楽プレーヤーを暇つぶしに聴いたことがありますか?」 「そりゃ・・・・・・疲れたときにヒーリングとかなら」 「コンビニやカフェテリアで知っている曲が流れると嬉しくなったりしますか?」 「・・・・・・・・・・・・君は」 「懐かしい曲やメロディはありますか!?聴くだけで思い出が蘇る曲ってありますか!?音楽って日常には欠かせないものですか!?」  切迫していく、鬼気迫っていく。そんな殺気だった天才音楽演出家の言葉。焦りに飲み込まれぬよう、ばらまかれた言葉から推論を汲み上げることに集中する。彼女は何を言っている・・・・・・? 「・・・・・・私には、そんなものありません」 「君は・・・・・・音楽を嫌いなのかい?」 「・・・・・・分かり、ません」 「ん・・・・・・ちょっと水飲んで落ち着きなよ、君は興奮しすぎている」  ミネラルウォーターを繊細な形状のグラスに傾ける。のどを潤す液体ーー彼女の乾きに効くかはわからないが。 「・・・・・・はい」 「ーー正直よく分からない、聞く限りだと君は音楽が好きじゃないみたいだ」  ゆっくりと話始めると、グラスの水が半分になる。視線は合わない。 「しかし、君が演出を手がけた音楽番組やPVは多くのヒットを生み出した。大きな金を生み、多くの夢見る音楽アーティストに成功の足がかりを作った。何より視聴者を、聴衆を音楽の力で感動させてきた。  だから俺は、そんな君が好きな曲を聴いて楽しむことがないってのがよく分からない。正直想像すらできない、ごめん」 「・・・・・・すみません」 「好きなことを仕事にして成功して忙しくなって、それ自体がつまらなくなる奴は珍しくないよ。俺はそんなミュージシャンをたくさん見てきた。  でもさ、そんな奴だって休日にふと自分の好きな音楽を聴くのを止めたってのまでは聞いたことがない。うんざりしてロックをやってた奴がクラシックを、ポップを歌ってた奴が外国のメタルを、クラシックをやってる奴が休日は電子ロックに夢中って言われたって驚かないさ。  しかし、君の言っていることのニュアンスはそいつらとは違う気がする」
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