第1章

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「私はそこで初めて気がついたんです!やっと気がついたんです!音楽って学校で仕方なくむりやりやらされるだけのものじゃなくて、人に愛されているものだって。ただの雑音だと、ビルを壊す音や、テレビのノイズと同じだと、イライラするだけの存在ーーそう思っていたのは私だけだって。全ての音楽が雑音でしかなくて、ただただ不快でストレスにしかならない私の方が・・・・・・異常者だったって事に・・・・・・」  そのまま彼女は泣き崩れた。泣いた赤鬼の泣き声はこんな悲痛なものだったのだろうか。小さい泣き声なのによく響くーーそういえば彼女の指定したこの店は決して音楽をかけない店だった。  刈谷は呆然とグラスを持って、記憶の奥から記憶を呼び出していた。  日野美月は変わった音楽演出家だった。アイドルデビューしたというのに、成功したとたん裏方に徹した。そしてさらなる成功を掴んだ。刈谷も周囲と一緒に囁いたーーいやはや天才ってのはいるんだね。 「でも・・・・・・君は、その後に音大に行ったじゃないか、不快ならなんで?」 「自分が恐ろしかったからです、みんなは音楽が好き、私だけが聴くだけで不快だなんて!  だからきっともっと勉強すれば、そんなことなくなると思った。きっと狭い世界しか知らないせいだ、きっと広い世界には私にもみんなと同じようにこれが私の好きな音楽だと言える曲があるはずだ、あってほしいって!  知識があれば経験があれば世界が広がれば、それがきっと見つかるって信じてました。・・・・・・でもどこにも、なかった・・・・・・」  日野美月は困難な学業と仕事の合間にクラシックのコンサートへ行ったり、最新のロックを聴くために海外へ渡った。周囲は確かこう囁いていたーーやはりあの娘は本物だよ、天才は努力を怠らないもんさ。 「クラシックもポップミュージックも、古典邦楽もアンダーグラウンドの曲も! 全部一緒! 私にはノイズでしかない、みんなはどれかは好きなのに! 私だけはどれもだめなんです!」 「君は・・・・・・君が一度音楽業界から引退していた、それはそのせいかい?」 「ええ、もう私はだめだ。どんなに努力したところで一生音楽で感動できないーーそう確信したからやめました。聴覚や脳や精神的な問題かと病院にも行きましたが、全て正常とも宣告されましたから」  それは彼女にとって死刑宣告だったのだろう。
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