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携帯が振動する画面に目をやり、ズボンのポケット突っ込んだ。
劇団 道化師屋のスタッフ全員と団長 枡田は芸術大学関係者、橋野は舞台役者関係者に声をかけ集まった。
その集まった関係者の協力もあり『劇団 道化師屋 『黒薔薇は口先だけで嘘を』橋野雅範 ファイナル』を公演することになった。
稽古をしながら、舞台設置・大道具など、作業を分担し進められていた。橋野は空いた時間に、フライヤー制作や公演の宣伝の方も手伝っていた。
受付側が観客席になって、そこに面した箇所にベニア板でパネルを作り、古い洋館の壁に仕上げる。
橋野は発泡スチロールでレンガ風に加工をし、壁に貼りつけていく作業をしていた。
「電話でなくていいの?」
いつも女装姿の清水蜜(しみずみつ)が長い前髪を鬱陶しそうにかきあげた。額の生え際辺りに大きな傷が見えるが、本人は気にしていないようだった。
「ああ……今日は化粧してないんだな」
蜜は橋野を一瞥してまた手を動かした。
「俺、この後稽古だから…それよりマサ酷い顔だけどちょっとは休んだら? 」
「これが終わったらな」
橋野は心配している蜜に微笑んだ。蜜は小さくため息を吐き「無理すんなよな」と言った。
「こんなのいつものことじゃないか」
「そうだけど無謀だよ…三ヶ月だなんて」
「なんとかなるよ」
疲労感より先にまた、演じることができる喜びの方が大きかった。それも昔、自分が満足にできなかった未公開の物語をこうやって公演できるんだ。
(後悔したくないからここへ戻ってきたんだ。そして……役者最後の演技をあの人に見て欲しい)
橋野は流れる汗を手で拭い、また作業に没頭した。
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