alone 一人で

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「一ノ瀬さん。戻りました」 「零くん、おかえり。じゃあ、今度こそ行こうか?」  自分達の事、ましては、Black Bird が普通の捜し物専門の探偵事務所ではないと、自分との短い会話だけで見抜いた彼に賛同の意味を込めて、普段ターゲットの前でしかしない、満面の笑みで微笑みかけ、名前を呼び、左手を差し出した。  でも、彼はその手を取らず、「お茶戻してきますねぇ」と一言告げ、部屋から出て行った。  五分後、伊吹との通話が終わったと同時に、彼が部屋に戻ってきた。  だから、今度こそ、行こうとまた左手を差し出したら、 「一ノ瀬さん、すみません。着替えてきてもいいですか?」  また、手じゃあなくて、言葉。  遼も今度ばっかりは、理由を尋ねる事にした。   だって、彼、一夜零は、自分から見ても着替える必要がない恰好をしていた。  零の恰好は、緑のシャツに黒いジーパン。  遼から、質問された零は、この質問が来ることがわかっていたのか、驚きもせず質問の返事を返す。 「一ノ瀬さんは、自分と社長さんの会話を訊いてらっしゃいますから、知っていると思いますが、自分は、学校から特別にバイトをする許可を貰っています。本来なら校則違反です。それどころか中学生は、バイトをしてはいけません。そういう訳で、全員が全員、納得してくれるわけではありません。同級生、先輩、教師の中には、なんでおまえばっかり特別扱いされるんだよって文句を言われたり、嫌がらせを受けたりもしました」 「……ごめん」  自分が予想していた答えよりもはるかに残酷な内容を無表情で話す零。 その顔が、なんでこの話を訊くんだよって訴えるように見え、遼は想わず頭を下げた。 「なんであなたが謝るんですか? 俺の事、可哀想な奴だって馬鹿にしているんですか?」  いきなり遼の頬にどこに忍ばせていたのか、カッターの刃が向けられていた。 「!?」  突然の零の行動に思わず言葉を失う。 「一ノ瀬さん。確かに、学校から特別扱いされている自分に対して文句を言ったり、嫌がらせをしてくる人達はいました。でも、それも二週間で終わりました。いや、終わらせました。だって、時間の無駄ですから。あんな奴の相手するの。あぁ! すみません。間違えました。奴らじゃあありませんでしたね。いまのは忘れて下さい」   そう言うと零は、カッターの刃を遼の頬からどかし、刃をケースに戻し、再び遼に視線を移す。 「……零くん?」  遼は零の名前を呼ぶ。なんだか彼が別人に見えたから。 「どうしたんですか? 一ノ瀬さん。そんな顔をして。自分の顔になにか付いていますか?」  カッターをケースに戻し終えた零が、まっすぐ遼の顔を見つめている。 「いや、何もついてないよ」 「はぁ、ならいいですけど。あぁ、それはそうとさっきはいきなりカッター向けてすみませんでした。頭に血がのぼってしまって」  今度は零の方が遼に、頭を下げる。 「元を言えば自分が悪いだから。君が怒るのも当たり前だよ」  大丈夫と左手を振る遼に対し、零は軽く苦笑いを見せる。  そして、遼のこの最後の返事を最後に会話が終了してしまった。  それどころか、遼が何を話し掛けても返答が返って来なくなった。  いままで普通に話していたのに。  その様子に、ただならぬ異変を覚えた遼は、インカムで社長に連絡を入れた。  ※零に渡したインカムは、普段遼たち(Black Bird)に所属する探偵が依頼人に渡す、依頼人専用のインカム。  そこに登録されているのは、その依頼を担当するコンビだけ。 但し、コンビによっては、相棒一人しか登録しない場合もある。  一ノ瀬遼と月見坂伊吹の場合は、遼しか登録していない。  理由は、相棒である月見坂伊吹の見た目のせい。  だから、依頼人との会話は、ほとんど遼が行っている。  なので、依頼人が他の探偵の話を訊く心配は絶対あり得ない。  ☆
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