『天神四区』

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 笑い疲れてしまった。  久哉が、疲れた俺を後ろから抱えてそのまま座る。 「この画面で映画を見ると、かなりの迫力だよ。見て行けよ」  でも映し出されたのは、サッカーの試合であった。 「なあ、征響って凄い選手なのか?俺、征響の試合って今日初めてみた」  久哉の横に潤哉が来ると、二人で試合の解説をしてくれた。同じ声が他方から聞こえるので、ステレオ放送のようであった。 「久芳先輩と兄弟だって知らなくて、一人ぼっちだったのか?」  久哉がトイレに行こうと、潤哉に俺を渡してゆく。潤哉は、俺を抱えて又座っていた。 「……一人で座れます」 「印貢、いい匂い。それに、間近でもかっこいい。女子が騒ぐのが分かるよ」  久哉がトイレから戻ってくると、潤哉に俺を寄越せと手招きしていた。潤哉は顔を背ける。 「征響と兄弟だって知ったのは、中学一年の時。それまで、俺は母一人子一人だと思っていた」  ひとりぼっちだったのだろうか。いつも、部屋には誰かがいて、寂しいとも一人だとも思った事が無かった。 「ほら久芳先輩のシュート。凄いよ、中々、止められない」  そこで、久哉と潤哉が顔を見合わせた。 「今日、どら焼きと叫んで、久芳先輩のシュートを止めていたね……」  どら焼きで枕をしてみる予定だ。 「……凄い事だったよ。他の先輩達が絶句していた。止めた事も、征響と呼び捨ても、驚きだった」  ここで、何度も映像を見ているのか、下の弟達もすっかり詳しくなっていた。 「ここの高校も強いけど、敵ではないね」  こうしてみると、征響の指示を具現化している秋里も凄い。 「秋里先輩ってかっこいいな……」  再び、久哉と潤哉が見つめ合っていた。 「……秋里先輩は久芳先輩の影になってしまっているけど、いい選手だよ。久芳先輩も秋里先輩の事を褒める。でもね、よく見て」  二人で、征響のかっこよさを必死に説明してくれる。 「……ごめん、征響は兄弟なので、征響を褒める気がしない。応援は本気でするけどさ、褒めるは別」  征響を褒めると、自画自賛しているようで、どうも落ち着かない。 「兄弟……そうだよね」  俺がサッカー観戦している間に、相澤は野中と業務提携を終えたらしい。 「印貢、俺は帰るけど、どうする?」 「俺は、もう少しここでサッカーを見てから帰る」
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