『天神四区』

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 それでも、六十人はいるのか。北川も自分の情事の記録を取っているなど、趣味が悪すぎる。 「勿体ないよな。後、二回くらいさせてくれたら、ヤミつきにしてやったのに……」  北川の自信に、根拠は乏しい。 「では、北川さんありがとうございます」  俺は、頭を下げると、金田の小さな車に向かった。 「金田さん、お願いします」 「はいよ」   走りだす車の窓から、藤原の本家を見る。藤原の家には、時には鉄砲玉のような男が入ってくる。藤原と一緒の時にも、何度も遭遇した。  俺がここは普通の家ではないと自覚すると、藤原が悔しそうにもう来るなと言った。もう一緒に遊べないのかと俺が聞くと、急に藤原は口を一文字に結んだままだった。  それから藤原は、家を飛びだして別に家を借りて住むようになった。  家に到着すると、金田の車を降りた。部屋に戻ろうとすると、征響が走り寄ってきた。 「弘武!何していた」  聞く前に、征響に脇腹を蹴り飛ばされていた。避け損ねたのもあるが、まさか、征響が本気で蹴るとも思っていなかった。 「うぐぐぐ」  両足で踏み止まったが、一メートルは元の位置から移動していた。 「柔道の黒帯は、ケンカに柔道技を使ったら凶器と同様だよね。サッカー部は足で人を蹴ったら、凶器使用と同じだからね……」  屁理屈を言ってみると、征響は暫し考えてから改めて蹴ろうとしてきた。 「待った。何?どうしたの?」  俺に理由を聞く前に、征響に理由を聞きたい。 「将嗣さんから電話でね。弘武が一人で潜入していたらしいってね」  佳親にもバレてしまったという事なのか。恐る恐る久芳の家を見ると、表情を無くした佳親が歩いて来ていた。  これはまずい。佳親と征響の二人を相手にしたら、俺に勝ち目はない。部屋に逃げ込んでも、合い鍵を佳親は持っていた。 「相澤の所に行ってきます!」  俺が走り去ろうとすると、征響の蹴りが入ってきた。来ると分かっていれば、避ける事が出来る。俺は、階段を駆け上がると、三階の屋根に飛び乗った。 「戻って来なさい!」  征響が俺を追って同じように走ってくると、あっという間に屋根に走り上がり。俺を屋根から投げ捨てていた。  下で構えていた佳親にキャッチされたが、こんなに怖い兄弟はいない。弟を屋根から投げ捨てるとは思わなかった。それに、征響の脚力は俺を上回る。
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